下村良之介 略歴
Biography
下村家アトリエに残された資料を調査/作成
*** | 下村家アトリエ所蔵のアルバムに写真があるもの |
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(***) | ()内はアルバムタイトル |
*** | 芸大百年誌記述 |
日記 | 下村良之介日記より、京都市立芸術大学百年誌に沿った内容を適宜抽出 |
時間割 | 下村良之介作成の時間割の記述 |
未確認 | 手描きの記述があったものの、DM等が見当たらなかったもの |
1923年 | 大正12年・皇紀2600年0歳 |
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10月15日 |
大阪市南区塩町4丁目39番地に、下村英一(明治22年5月15日生、当時35歳)、きよう(明治24年生、当時33歳)夫妻の次男として生まれる。本名良之助。姉(大正3年生)。父親は能楽師で大倉流の大鼓方、後の人間国宝。母親の実家は大阪・新町(大阪市西区)でお茶屋の見番を経営。なお、長男の純一は大正6年、生後1年をたたずに死亡。
![]() NOTE BOOK『1961志茂無羅』より ※大阪の家一帯は空襲でなくなっており、本ノートブックの記述は町の記憶財産としても貴重なものである。 |
1924年 | 大正13年1歳 |
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4月14日 | 半朝日(R子供時代) |
1927年 | 昭和2年4歳 |
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1月1日 | (R子供時代) |
10月15日 | (R子供時代) |
1928年 | 昭和3年5歳 |
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正月7日 | (R子供時代) |
4月 | 堀江幼稚園(大阪市西区)入園 |
大阪市西区北堀江1丁目32番地に住む。 | |
6月 | 謡・仕舞の稽古のために、桃谷の能楽堂に通う。 |
8月 |
湯崎川口屋ニテ
![]() NOTE BOOK『1961志茂無羅』より |
1930年 | 昭和5年7歳 |
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正月3日 | (R子供時代) |
1月29日 | 高島屋で撮影(R子供時代) |
3月 | 堀江幼稚園卒業 |
4月 | 堀江小学校入学 |
9月 | 西六小学校(大阪市西区)に転校。 |
大阪市西区新町南通2丁目1番地に住む。 |
1931年 | 昭和年68歳 |
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4月 | 昭和6年4月 西六分校ニテ 第二学年(アルバム大阪香蘭会) |
正月7日 | 住吉公園 |
1935年 | 昭和10年12歳 |
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正月25日 | 父 下村英一と初舞台 弁慶と牛若(R子供時代) |
この年 京都市右京区嵯峨芒ノ馬場町40番地に住みはじめる。 | |
9月 | 西六校より嵯峨小学校(京都市右京区)へ転校 |
1936年 | 昭和11年13歳 |
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3月 | 嵯峨小学校卒業 |
父 卒業記念写真帖 昭和11年3月 尋常科 京都市嵯峨尋常高等小学校 | |
4月 | 京都市立美術工芸学校(東山七条)絵画科に入学する。同級生に今井守彦、大野秀隆、湯田寛、図案科に堂本(当時・塩谷)元次がいる。 |
9月25日 | 摂津桜井之沢 集合写真(アルバム学生時代) |
1937年 | 昭和12年14歳 |
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1月1日 | 門松ノ前ニ(アルバム学生時代) |
嵐山宅ニテ 初夏ノウララカナ太陽ノ下ニ(アルバム学生時代) |
1938年 | 昭和13年15歳 |
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三年頃ノ四国方面旅行(アルバム学生時代) | |
春トモナレバ 櫻咲ク洛東黒谷ヘ 先祖ノ墓参リ(アルバム学生時代) |
1939年 | 昭和14年16歳 |
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絵画科第1学年 第40回校友会展覧会《写生》 | |
4年時代 橿原御陵勤労奉仕デ(アルバム学生時代) |
1940年 | 昭和15年17歳 |
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3月12日 | 下村英一写真(R出征) |
嵐山時代(R出征) | |
絵画科第2学年 第41回校友会展覧会《運筆》 | |
3月19日 | 校友会ノ日 美術館デ 中央サッソウタル鯉田ハン(アルバム学生時代) |
5年デ最初の適応遠足 鞍馬行(アルバム学生時代) | |
修学旅行(アルバム学生時代) 芦ノ湖・うららかな太陽の下 戦場ヶ原にて・東照宮・龍頭瀧・東京ニテ・朝の上野公園・靖国神社・遊覧バスデ東京見物・泉岳寺 国会議事堂 ・正門 東京美術学校見学 花壇・宿屋にて 先生朝寝の図・熱海 熱海海岸にて・帰りの車中 |
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夏 近江舞子キャンプ(アルバム学生時代) 7月25日 出発・川瀬 湯田 下村 吉岡 |
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朝鮮旅行(アルバム美校時代) 8月7日・8月7日 海金剛・8月8日 京城南大門・8月8日 京城 朝鮮神社 |
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8月12日 | 大阪ニテ(アルバム学生時代) |
8月 | 嵐山にて |
授業中ノ片山先生 5年2学期(アルバム美校時代) 6月 今井・吉岡・良公・井上・多田先生 |
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運動会(アルバム学生時代) 三百米ゴールイン 良チャン・千五百米リレー・六百米競走・坂内君力走・後方引上ゲル井上君・千五百米 井上君のゴールイン・剣道 |
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第 回京都府下中等学校運動大会(アルバム学生時代) 千五百米 井上君・雨中の応援・野崎・四百米競争 松井君 ただし入ってゐません・三段躍の安井君 11米63 5位・BK君・中央 良チャン・八百米競争の楠田君 四番目 |
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12月25日 | 京都東寺ヨリ大阪道徒歩(アルバム美校時代) 暁ノ淀附近 吉岡君・淀の八幡ノ中頃・市電守口町・府堺 |
1941年 | 昭和16年・皇紀2601年18歳 |
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2月10日 | 屋上ニテ(アルバム美校時代) |
2月11日 | 学校ニテ(アルバム美校時代) |
2月12日 | (アルバム美校時代) |
2月25日 | (アルバム美校時代) |
絵画科第3学年 第42回校友会展覧会《梅》 | |
第45回校友会(アルバム美校時代) 第一日・第二日・第三日・六日目・七日目 小谷出発ノ日・八日・九日・第十三日目 吉田君作品・十四日目 田中君、楠田君、湯田君、山本君、松井君 |
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3月10日 | 校庭ニテ(アルバム美校時代) 影 |
3月19日 | 小谷君卒業制作(アルバム美校時代) 小谷君作品 |
3月25日 | 美工送別会 植物園(アルバム美校時代) |
3月 | 京都市立美術工芸学校卒業 |
絵専入学試験(アルバム絵専時代) | |
絵画専門学校入学試験制作(アルバム絵専時代) 4月5日 試験制作中・湯田君・現地 16年4月6日は制作〆切の日・今井君・良公・坂内君・小林君・黒田君 |
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スマッシング良公(アルバム美校時代) 受験写真・4月12日 |
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長谷川順一君(アルバム美校時代) | |
湯田寛君(アルバム美校時代) | |
安田喜一君(アルバム美校時代) | |
4月 | 京都市立絵画専門学校(絵専)日本画科に入学する。 |
4月17日 | 東山中瀬宅ニテ(アルバム絵専時代) |
4月22日 | 油絵をかく下村さん(借用中)(アルバム絵専時代) |
4月23日 | (アルバム絵専時代) |
4月24日 | 東福寺ニテ(アルバム絵専時代) |
4月25日 | (アルバム絵専時代) |
5月1日 | 小林(アルバム絵専時代) |
松尾神社(アルバム絵専時代) | |
5月3日 | 転宅の日 渋谷→嵐山(アルバム絵専時代) 前日の中瀬宅・トラックの上ニテ |
おさはん 女中さん(嵐山の家の)(アルバム絵専時代) | |
絵専時代 今井守彦氏(アルバム絵専時代) | |
忠実なる園丁 吉岡君(アルバム絵専時代) | |
5月8日 | 保津川ニテ 佐藤君(アルバム絵専時代) |
5月10日 | 小倉山下池ニテ(アルバム絵専時代) |
5月10日 | 亀山公園角倉銅像(アルバム絵専時代) |
6月9日 | 大山崎方面 野外教練 大野 吉岡 今井(アルバム絵専時代) |
6月13日 | 「みどり」にて―政さん―(アルバム絵専時代) |
6月13日 | 金翠堂ニテ(アルバム絵専時代) |
6月15日 | アトリヘニ於ケル画伯(アルバム絵専時代) |
6月24日 | (アルバム絵専時代) |
7月9日 | (アルバム絵専時代) 政さんの夢―・清瀧ニテ |
8月17日 | 青年部遠足 眞野水泳場(アルバム絵専時代) |
8月 | 嵐山ニテ 豊田君(アルバム絵専時代) |
8月18日 | (アルバム絵専時代) |
8月22日 - 9月6日 | 波切方面旅行(アルバム絵専時代) 8月23日 湯の峯温泉・8月24日 勝浦露天風呂 父、湯田・8月24日 勝浦露天風呂 良公、湯田・8月24日 那智神社・木ノ本 鬼ケ城・波切の子供達 |
10月10日 | 嵐山の男前 御両人?(アルバム絵専時代) |
10月11日 | 題材を求めて・・・(桂附近)(アルバム絵専時代) |
10月17日 | 青年部 高尾方面 ハイキング(アルバム絵専時代) |
10月28日 | 世界的ギターリスト(アルバム絵専時代) |
10月28日 | ギター(アルバム美校時代) |
1942年 | 昭和17年・皇紀2602年19歳 |
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1月 | 絵具の統制はじまる |
1月1日 | 日記晴時々雨 満員の市電に昭和十七年の元旦は未だ暗い街は寒さのなかにも元旦らしいあはただしいそしてたのしげな空気に包まれてゐる…… |
1月2日 | 日記雪時々晴 寒し ……今や日本は大東亜戦争において圧倒的勝利を得し無敵陸海空軍はドイツをしてさへ一目おかしめてゐる。然し完全な勝利の為には武力は勿論文化方面においても第一等国たるべきはずである。然るに現在の我が国の文化方面の有様を見れば大正時代の遺風がほろびもせずこれが世界中の一等国である所の芸術かと思へばはなはだ心細い。こうなった以上、我が国の芸術はすなはち世界の芸術である。世界の芸術がいつまでもかような間違った存在を続けるはずがない又これが続くようならば我が国はとうてい勝利を得る見込はない。然し現在の現成作家は我が国にとって既に無用の存在である。然らば世界の芸術を構成するものは誰か?すなはち勝利の国日本を背をってたつ我ら青年作家である。今や此の地球の芸術の良否は全く我々の手中にあるのだ!・・・ |
1月3日 | 日記晴 |
1月4日 | 日記晴 |
1月5日 | 日記晴 |
6日 - 12日 | 日記北陸方面旅行(吉岡、戸井、大野、安井、佐藤) |
1月6日 | 日記晴 朝十時起床医者へ。午後大丸へ東京美術学校生徒の彫刻展を見に行った。予想の通り小谷君の作品四点いずれも外の作品に比べて見をとりのす様なのはなく非常にうれしかった。・・・9時52ふんの汽車で京都駅へ行き一行5人と会ってから11時3分発新潟行の汽車に乗り込んだ。 |
1月6日 - 12日 | 北陸方面 旅行(アルバム絵専時代)*日記記述あり 1月8日・1月9日・1月9日 東尋坊ノ海部、雄島附近・1月11日 高山・城山公園下・1月11日・1月12日 下呂温泉 渡し舟 |
1月7日 | 日記晴時々雨 |
1月8日 | 日記晴時々雨 |
1月9日 | 日記晴 |
1月10日 | 日記晴 |
1月11日 | 日記晴 |
1月12日 | 日記晴 |
1月13日 | 日記晴時々雨 |
1月14日 | 日記晴 |
1月15日 | 日記晴 寒し |
1月16日 | 日記晴 寒し |
1月17日 | 日記晴 寒し |
1月18日 | 日記晴一時雪 |
1月19日 | 日記晴 |
1月20日 | 日記晴 |
1月21日 | 日記快晴 |
1月22日 | 日記晴 |
1月23日 | 日記快晴 |
1月24日 | 日記晴 |
1月25日 | 日記晴 |
1月26日 | 日記晴 |
1月27日 | 日記晴時々小雪 |
1月28日 | 日記晴一時小雨 |
1月29日 | 日記晴 暖し |
1月30日 | 日記晴雨雪 |
1月31日 | 日記晴 |
2月15日 | 日記シンガポール陥落 18日 大東亜戦争第一次祝賀会 20日 校友会作品草稿開始 |
2月1日 | 日記雨時々晴 「子供と云ふものは、割に外部の刺激に平気で居られるものですわね」「生長力が強いからね。内からの力により支配されるんだよ。芸術家も同じものだと僕は思ふね。外部の刺激ですぐ動くより内心の要求と云ふものに、もっと忠実でなくちゃ本当のものは生れないね。内から力を育てて行くことが大切だ。材料ばかり時代に便乗したってそれで本当の戦争美術が生れるものではない。戦争なんかいふてとは凡そ大変な材料なのだ。ゴヤやドラクロア位の力でやっと生かせるものなんだ。そこいらあたりのへぼ画描きに何が画ける描けたように見へてもそれは外形だけの写真みたいなものか新聞記事みたいなものだ。大切なのは材料ぢやない。精神だ。精神を鍛へ抜くのだ。精神を鍛へ立派な腕を磨いて初めて素晴らしいものが生れる・・・……京都への車中で「馬鈴薯」を読んで、一丁ましなのをかきやがると思った。全く同感だ。…… |
2月2日 | 日記曇時々晴 暖し 朝七時半起床、今日も学校で査閲の練習だ。・・・ |
2月3日 | 日記曇時々雨 ・・・僕は近頃絵が描きたくて仕方がない、そのくせ描こうと思へはいくらでもひまがある。のだがどう云ふものか画けない 査閲前だと査閲がすんでから・・・と思う・・・ |
2月4日 | 絵専、教練査閲。美工、枚方方面兎狩り。 |
2月4日 | 日記快晴 ・・・今日は本物の査閲だ。残念ながらこの無駄な1日は上天気らしい。今日なんか雨でも降れば早くかたづくのに無駄な査閲なんか・・・ってくさ云ってもやはり遅刻するとうるさい。肌をさす寒さにしぶしぶ寝床をはひだした七時半登校九時頃より始まった うるさい査閲もやりだせば早いものまたたく間にすんで重荷が下りた様。成績もがいして良好とみとむで絵専としてはまあまあ上出来の部?・・・ |
2月5日 | 日記晴時々雨 |
2月6日 | 日記晴 ・・・兵隊迄後二年だ。どうせ長くない生命。此の二年間うんとあばれて来年の入営の前に青燃会の者皆が遺作のつもりでこの二年間作品をまとめて展覧会でもやれれば死んでも思ひのこすことはない。僕も人間として生れてさんざん米も食ひぜいたくもして来た此上はたとへ死ぬにしても父母や日本に偉大なる御礼を残して行かなければならない。どんなものが出来るか知らないがともかくこの二年間自分の画こうとするものを内必の要求にしたがって何にもてだはらずに全く自分の思ふ通りの作品を作りたいものだ!…… |
2月7日 | 日記曇一時雪 |
2月8日 | 日記雲時々雪 |
2月9日 | 絵専、野外教練、山科方面。 |
2月10日 | 日記晴 今日は一日中野外教練だ。八時半登校五時前迄散々山科を走らされた。帰りに今井君宅へよって答案をかって帰った・・・ |
2月11日 | 日記曇一時雪 寒し |
2月12日 | 日記晴一時雪 寒し ……今日からいよいよ毎日思ふ様に絵が描ける。今迄の作品で自分ながら全力をふるへたと思へる作品は一つもない……今こそ絶好の時期だ 全力を振って自分の前半生の最後を飾らう二十年間の勉強の結果が現はれるのだ 今度こそ云いわけやまったなしだ 然し完成した作品を作る必要はない 自分の全力さへ出ればよいのだ!。 |
2月13日 | 日記晴時々雪 寒し |
2月14日 | 日記晴 |
2月15日 | 日記晴時々雪又ハ雨 「馬京方面帝国陸軍部隊は本十五日午後七時五十分シンガポール島要塞の敵軍をして無条件降伏せしめたり」アンナウンサーの声は朗々として響く……遂に落ちた!とうとうやった!それにしてもあまりにあっけない……唯これだけがあの様に 持してゐたシンガポールの陥落の報知か……何だか大きな楽が案外簡単なもので裏切られた様な感じだ…早く興奮した大活字の新聞を見たい……。…… |
2月16日 | 日記晴 朝十時早速新聞を見た。今日だけ□時にふ面だ。いずれも感激と興奮に充されてゐる。・・・ |
2月17日 | 舞台裏風景(アルバム絵専時代) |
2月17日 | 日記快晴 ・・・朝から正ちゃんを呼んで来て女装し庭で写真を写した。小生少々大柄だがなかなかの美人?・・・ |
2月18日 | 連勝第一次祝賀会。京都御所に参加。 |
2月18日 | 日記晴 今日は愉快な一日だった。大東亜戦争第一次祝賀会で朝九時梨木神社前集合十時より御所で祝賀式があった。…… |
2月18日 | シンガポール陥落記念 大東亜戦争 第一次祝賀会(アルバム絵専時代) |
2月19日 | 日記晴時々雪 |
2月20日 | 日記雪時々晴 |
2月21日 | 日記快晴時々雪 |
2月22日 | 日記曇後雨 暖し |
2月23日 | 日記雨後晴 |
2月24日 | 美工教員 大橋□、絵専教授となる。 |
2月24日 | 日記雨一時雲 |
2月25日 | 日記晴 |
2月26日 | 日記雲後雨 |
2月27日 | 日記晴一時雨 |
2月28日 | 日記晴一時雨 |
2月28日 | (アルバム絵専時代) |
3月1日 - 11日 | 日記校友会作品本紙制作、13,14,15日 校友会作品展、22日―27日 第二回北陸旅行 片山津(正ちゃん父母 正ちゃん里子 稔さん) |
3月1日 | 日記晴時曇 |
3月2日 | 日記aa雨後晴a |
3月3日 | 日記晴 寒し |
3月4日 | 日記晴 |
3月4日 | 塩津眞二、絵専教授兼美工教諭となる。 |
3月5日 | 日記晴後雨 |
3月6日 | 日記晴 |
3月7日 | 日記晴雨雪 寒し |
3月8日 | 日記快晴 |
3月9日 | 日記曇後雨 |
3月10日 | 日記曇後晴 |
3月11 - 16日 | 両校生徒作品展、市美術館。*日記記述あり |
3月11日 | (アルバム絵専時代) 制作中の画伯・アトリエ風景 |
3月11日 | 日記晴 午後四時、折からのラッシュアワーの東山線を堂々我等の荷車は進む・・・ |
3月12日 | 美術館裏ニテ(アルバム絵専時代) |
3月12日 | 日記晴 ・・・今日は作品陳列だ。十一時過美術館に行った 一時頃松本先生が来られ陳列にかかった・・・ |
3月13日 - 15日 | 校友会作品展 |
絵画科第4学年 第43回校友会展覧会《暖日》 | |
3月13日 | 日記雲 暖し |
3月14日 | 日記雨 ・・・午後美術館へ行った。宇田先生の批評があった・・・ |
3月15日 | 日記晴 今日は展覧会最終日だ 午後母と姉と正ちゃんとで見に行った・・・ |
3月16日 | 日記晴 |
3月17日 | 日記晴 |
3月18日 | 美工教諭 松田保一郎、退任。山口華陽、絵専教授となる。 |
3月18日 | 日記晴 |
3月19日 | 日記晴 |
3月20日 | 日記晴 |
3月21日 | (アルバム絵専時代) |
3月21日 | 日記晴 |
3月22日 - 27日 | 北陸方面旅行(アルバム絵専時代) ・3月22日 東尋坊・3月23日 金澤兼六公園 雁行橋・3月25日 片山津 |
3月22日 | 日記快晴 |
3月23日 | 日記晴 |
3月24日 | 日記雨 |
3月25日 | 日記晴 |
3月26日 | 日記晴 |
3月27日 | 日記晴 |
3月28日 | 日記快晴 |
3月29日 | 日記雨 |
3月30日 | 日記晴 |
3月31日 | 保津峡散策(アルバム絵専時代) |
3月31日 | 小宮大宇・井上七夫、美工教員となる。高木富三、美工嘱託教員となる。美工教諭前田荻邨、絵専助教授となる。 |
3月31日 | 日記晴 |
4月3日 - 19日 | 絵専卒業製作回顧展(出品137点)市美術館。 |
4月 | 両校入学式 |
4月3日 | 京都駅(アルバム絵専時代) |
4月6日 | 洛北丸山(アルバム絵専時代) |
4月7日 | (アルバム絵専時代) |
4月1日 | 日記法隆寺見学、3日 東の家転宅、18日 最初の空襲 |
4月1日 | 日記快晴 |
4月2日 | 日記快晴 |
4月3日 | 日記晴 |
4月4日 | 日記晴 |
4月5日 | 日記雨 |
4月6日 | 日記快晴 |
4月7日 | 日記春雲晴 |
4月8日 | 日記快晴 |
4月9日 | 日記晴 今日は始めての校□日午前十時登校体操は出席だけ午後もなしだ 吉岡今井湯田□□と歩いて美術館へ絵専卒業制作廻って展覧に行った・・・ |
4月10日 | 日記雨後晴 朝六時起床雨が降って居る。たすかった!今日は最初の学業日だ 先ず一時間目が教練 雨で銃剣と話があった。・・・ |
4月11日 | 日記快晴 |
4月12日 | 日記雲後晴 |
4月13日 | 日記快晴 |
4月13日 | 御室ニテ(アルバム絵専時代)*日記記述あり |
4月14日 | 日記雲 |
4月15日 | アルバム絵専時代) |
4月15日 | 新井完・建畠大夢、美工嘱託教員となる。 |
4月15日 | 日記晴 |
4月16日 | 日記晴後雨 |
4月17日 | 日記晴 |
4月18日 | 美工、桃山御陵参拝遠足。初空襲あり。 |
4月18日 | 日記晴 デッサンをして居た………「おい空襲警報だ」突然二三人が飛込んで来た……だが何のしょう動も受けない……その上うたがふ様な気さえした。しばらくすると街のサイレンがなりだした…。本物だ 然し自分はさほども感じない。驚きだ。他の者の様に驚きたい。皆学校へかえされた ピンポンをした 名古屋神戸がばくげきされたとのラジオがあった 七時前帰宅 夕を見ると東京も相当ばくげきされたそうな |
4月19日 | 日記晴 |
4月20日 | 日記雨 |
4月21日 | 日記晴 ・・・今日も又空襲に来たがすぐ解除になった |
4月22日 | 日記晴 |
4月23日 | 日記晴 |
4月24日 | 日記晴 |
4月25日 | 日記晴 |
4月26日 | 日記晴 |
4月27日 | 日記晴 |
4月28日 | 日記雨 |
4月29日 | 日記晴 朝十時湯田吉岡と天王寺美術館で落合って独立展を見た。後心斎橋を歩き生活美術を買い美松なぞで休息してわかれた。帰宅後生活美術の中のデューラの素描の模写をした 後京都へ帰った。 |
4月30日 | 日記晴 |
5月1日 - 8日 | 絵専射撃班、射撃訓練大会に参加(大谷射撃場)。 |
5月1日 | 日記 晴時々雨 |
5月2日 | 日記晴 |
5月3日 | 日記雨 |
5月4日 | 美工、勤労奉仕、黄檗火薬庫。 |
5月4日 | 日記晴一時小雨 |
5月5日 | 日記晴 |
5月6日 | 日記晴 |
5月7日 | 日記晴後雨 |
5月8日 | 日記雨後曇 ・・・午後玄関集合東山中学(銃の講習を見に行った すぐ終わった 後今井と美術館へ市展を見た。・・・ |
5月9日 | 絵専、野外教練、深草練兵場。 |
5月9日 | 日記晴後雨 朝八時登校、野外教練だ 先ず行軍で国道から丹波橋練兵場を歩き中食後、戦闘教練をしてから五時帰宅後すぐ・・・ |
5月10日 | 日記快晴 |
5月11日 | 日記晴 |
5月12日 | 日記雨時々曇 |
5月13日 | 日記曇 |
5月13日 | 九体寺見学(アルバム絵専時代)*日記記述あり ・中井宗太郎氏を中心に・九体寺境内ニテ |
5月14日 | 日記晴 |
5月15日 | 日記快晴 |
5月15日 | 九條方面野外教練(アルバム絵専時代)*日記記述あり |
5月16日 | 日記晴 |
5月17日 | 日記曇一時小雨 |
5月18日 | 日記晴後曇 |
5月19日 | 日記雨後曇 |
5月20日 | 日記雨後晴 ・・・学校には行かずぎおんで今井と会ってから日□会館で展覧会を見てから市展へ行った。宮さんが来ておられた。桂華、隆志先生にもあった 湯田と会ってから・・・ |
5月21日 | 金属の回収で、幸野媒嶺胸像、校門扉・丸池噴水盤など供出。 |
5月21日 | 日記晴 |
5月22日 | 絵専報国団整備。学生の課外活動は全部この組織に組入れられる。 |
5月22日 | 日記快晴 今日は青少年学徒が詔勅記念日朝二時半起□青年会のより合いに顔を出しておいて登校 教練があったが二時間目は式でぬけた後ピンポンをした・・・ |
5月23日 | 日記快晴 |
5月24日 | 日記快晴 |
5月24日 | 野々宮及縁日 於保津川(アルバム絵専時代)*日記記述あり |
5月25日 | 日記aaa |
5月26日 | 日記快晴 暑 |
5月27日 | 日記快晴 ・・・京大でミケランゼロの展覧会を見てから・・・ |
5月28日 | 美工、臨時学則制定、修業年限を4年9月とする。 |
5月28日 | 日記快晴 午後画論だけ出た 十一時より報国団の結誓式があった・・・ |
5月29日 | 日記晴 |
5月30日 | 日記晴 |
5月31日 | 日記晴後曇 暑い暑い |
6月 | 美工5学年、東京・日光方面修学旅行。 美工、銃剣術部・射撃部できる。教練さらにきびしくなる。 |
6月1日 | 日記晴 |
6月2日 | 日記快晴 |
6月3日 | 日記快晴後雨 ・・・湯田と美術館へ泰西絵画展を見に行った 彼等も思った程たいしたことはない あれだったら努力したら自分にもできることだ・・・安心した。・・・ |
6月4日 | 日記雨後晴 |
6月5日 | 日記晴 |
6月6日 | 日記晴後曇 今日は勤労奉仕で朝五時起床八時午前中・・・ |
6月7日 | 日記雨時々曇 |
6月8日 | 日記晴一時雨 |
6月9日 | 日記晴時々曇 |
6月10日 | 日記晴 |
6月11日 | 日記快晴 |
6月12日 | 日記晴 暑し |
6月13日 | 日記晴夜小雨 |
6月14日 | 日記晴時々曇夜大雨 |
6月15日 | 井上七夫、美工教諭となる。 |
6月15日 | 日記晴 |
6月16日 | 日記快晴 |
6月17日 | 日記曇後雨 ・・・何も授業は受けず十一時頃より小林と美術館(泰西名画)を見に行き・・・ |
6月18日 | 日記雨 |
6月19日 | 日記雨後晴 |
6月20日 | 日記雨後曇 |
6月21日 | 日記晴後雨 |
6月22日 | 日記晴 |
6月23日 | 日記雨 |
6月24日 | 日記晴 |
6月25日 | 日記晴後雨 |
6月26日 | 日記晴後雨 |
6月27日 | 日記晴 |
6月28日 | 日記快晴 |
6月29日 | 日記快晴 |
6月30日 | 日記小雨 |
7月 | 日記キャンプ、枝切、旅行、24日→29日 近江舞子キャンプ、31日夜―1日 千日参り |
7月1日 | 創立記念式。 |
7月1日 | 日記晴一時小雨 朝七時半起床すぐ登校今日は創立記念日で式があった 後小林と・・・ |
7月1日 - 3日 | 美工、祝園兵器庫勤労作業。 |
7月2日 | 日記晴一時雨 |
7月3日 | 日記晴時々小雨 ・・・夕食後久しぶりに警戒警報が出た 正ちゃんと遊んで夜虎穴へ |
7月4日 | 絵専、校内卓球大会。 |
7月4日 | 日記晴 朝八時半起床今日は卓球校内大会があるので十時過ぎから・・・ |
7月5日 | 両校卒業制作図録刊行。 |
7月5日 | 日記快晴 |
7月6日 | 日記快晴 ・・・三日に出た警戒警報は今日十二時半頃解除された。 |
7月7日 | 日記快晴 |
7月8日 | 日記快晴 |
7月9日 | 日記快晴 |
7月10日 | 日記快晴 |
7月11日 | 日記快晴 |
7月12日 | 日記快晴 |
7月13日 | 日記快晴 |
7月14日 | 日記晴一時夕立 |
7月15日 | 日記晴 |
7月16日 | 日記晴 |
7月17日 | 日記曇 |
7月18日 | 日記快晴 |
7月19日 | 日記快晴 |
7月20日 | 日記快晴 |
7月21日 | 日記快晴 |
7月22日 | 日記快晴 |
7月23日 | 日記快晴一時曇 |
7月24日 - 29日 | 近江舞子キャンプ(絵専R_自筆画) ※日記言及あり ・湖畔の朝・食人種 |
7月24日 | 日記晴 朝教練の後図画はさぼり小林と河原町を歩いてシャツ等かってから帰宅 キャンプの用意をしてゐると今井が来た 三人で大崎宅より天幕をかりてから三条大橋集合 井上湯田吉岡伊藤と共に出発後大津で夕食して後近江舞子へ行った。 |
7月25日 | 日記快晴 |
7月26日 | 日記晴 |
7月27日 | 日記晴一時夕立 |
7月28日 | 日記晴 キャンプ最後の日 記念撮影の図 |
7月29日 | 日記空白 |
7月30日 | 日記晴一時小雨 真っ黒になった顔の絵 |
7月31日 | 日記晴 |
8月 | 日記7日 法事、9日―20日 波切写生旅行(小林) |
8月1日 | 日記晴 |
8月2日 | 日記曇一時夕立 |
8月3日 | 日記晴 |
8月4日 | 日記晴 |
8月5日 | 日記晴一時雨 |
8月6日 | 日記晴時々雨 |
8月7日 | 日記晴 |
8月8日 | 日記晴時々雨 |
8月9日 | 日記晴一時雨 |
8月10日 | 日記晴 |
8月11日 | 日記快晴 |
8月12日 | 日記快晴 ・・・今日二時過警戒警報が出た・・・ |
8月13日 | 日記晴 |
8月14日 | 日記快晴 |
8月15日 | 日記曇時々晴雨 |
8月16日 | 日記快晴 風強し |
8月17日 | 日記曇一時晴雨 |
8月18日 | 日記曇夕立 |
8月19日 | 日記曇時々晴 |
8月20日 | 美工教諭 富本健輔、退任。 |
8月20日 | 日記晴 |
8月21日 | 中等学校高等学校大学等の学年短縮案決まる。 |
8月21日 | 日記晴 |
8月22日 | 日記晴 |
8月23日 | 日記快晴 |
8月24日 | 日記晴 |
8月25日 | 美工教員 駒井順亮、死去。 |
8月25日 | 日記晴 |
8月26日 | 日記晴後雨 ……夕食後は又防火演習だ たよりない組長の指揮でだらだらと練習 |
8月27日 | 日記曇後雨 風強し 今日も防火演習だ…… |
8月28日 | 日記雨後晴 朝三時起床四時より防火演習があった…… |
8月29日 | 日記快晴 |
8月30日 | 日記雨 |
8月31日 | 日記雨時々晴 |
9月1日 | 日記晴一時小雨 |
9月2日 | 日記晴 ・・・夕食後第二隣組の模範演習を見に行った 鮮やかなものだ。 |
9月3日 | 日記晴後小雨 朝四時起床朝から防空演習だ…… |
9月4日 | 日記晴 |
9月5日 | 日記晴 朝四時起床五時より防空演習をやった……夕食後防空演習をやった ……早く入営したい様な気がする どうにか絵専さへ卒業さしてもらって、そして兵隊から生きてかへれば、自分ひとりどうにかして行けばよいのだが たとへ戦死しても相等に家へ金が入る!らしい。必要以上は頂きたいが どうにか生活をささへるだけは…… |
9月6日 | 日記晴 |
9月7日 | 高瀬健次、美工教員となる。 |
9月7日 | 日記晴 |
9月8日 | 日記晴 |
9月9日 | 日記晴 |
9月10日 | 日記晴 |
9月11日 | 日記晴 |
9月12日 | 日記曇一時夕立 |
9月13日 | 日記晴一時小雨 |
9月14日 | 日記晴時々夕立 |
9月15日 | 日記雨後晴 |
9月16日 | 日記晴 |
9月17日 | 日記晴 ・・・今日治サンは満洲向出発した |
9月18日 | 日記晴一時雨 |
9月19日 | 日記晴一時小雨 |
9月20日 | 美工、府下中等学校戦場競技射撃優勝。 |
9月20日 | 日記雨 |
9月21日 | 日記雨 |
9月22日 | 大□(交寸)春一、美工教員となる。 |
9月22日 | 日記晴 |
9月23日 | 絵専第33回卒業式、6ヶ月繰上げ。式後入営者壮行会。卒業生の7-8割が講堂壇上に上がる。 |
9月23日 | 日記晴 |
9月24日 | 日記晴 朝四時半起床隣組防空演習をやった 十時より青年部デ亀岡の方へハイキング 中途で中食に竹の皮を開き三時過無事亀岡着 小林宅で米と下駄とをもらひ五時二十分発の汽車で帰宅後正ちゃんの送別会を魚輪でやった 九人出席 盛大にのんだ |
9月25日 | 富山靴店前 友は征く 集合写真(絵専R_自筆画) |
9月25日 | 日記晴 朝六時起床八時登校教練をやり三時間目からさぼりミドリで中食 午後一時よりバルズで川島清三の送別会をやった 大丸へよってから帰宅 夕食後隣組防空演習をやった 夜亀山サンでコレラの注射をした |
9月26日 | 日記晴一時小雨 |
9月27日 | 日記晴 |
9月28日 | 日記晴 ・・・六時半より鳥市で正ちゃん送別会をやった |
9月30日 | 日記晴後雨 明日は正ちゃん入管だ |
10月 | 日記1日 正君入営、4日―17日 演能 支那方面(天津、北京、奉天)旅行 |
10月1日 | 日記晴時々小雨 正ちゃん入管の日 朝五時起床 正ちゃんの入管を送った 七條大橋で別れ登校した・・・ |
水泳大会 | (絵専R_自筆画) |
10月2日 | 文展出品作品発送。 |
10月2日 | 日記晴 |
10月4日 - 30日 | 支那・満州 旅行(絵専R_自筆画) ※日記言及あり |
10月7日 - 8日 | 絵専、大学高専連合野外演習、淀~大阪。 |
10月7日 | 日記晴夜小雨 北京十三時五十五分三十分延着のはずの火車が予定より三十分程早く何故となくなつかしい到着を知らす鐘の音と共にプラットにすべり込む…… 旅行記 小さなメモ帳 |
7日 | 日記朝5時半山海関の税関 奉天で煙草をしこたま買ひ込み13時半北京到着す |
8日 | 日記朝8時起床… |
9日 | 日記朝8時前起床10時より盧溝橋を眺め城外城内を見物…… |
10日 | 日記……一同天津へ |
・北京[天壇]・北支[盧溝橋]・一文字山・萬壽山[轉輪蔵、流瑠塔、五帯橋]・仙光閣・北京・紫錦城、・10月19-20日 美 | |
10月19日 - 20日 | 美工、中等学校連合野外演習、山科。 |
10月20日 - 27日 | 絵専、体力検定。 |
10月22日 | 日記前略小生目下…… |
10月23日 | 日記昭和17年10月23日 良之助 平地様 内容は満州旅行記 |
10月24日 | 日記広い段を地下へ降りる…… |
10月30日 | 日記晴 朝七時下関着 八時四十五分東京行に乗る車中宿はく 六時五十五分大阪着 自動車で帰宅…… |
10月31日 | 日記朝遅く起床…… |
11月1日 | 日記空欄 |
11月2日 | 美工、運動会。 |
11月2日 | 日記晴 |
11月3日 | 日記晴 朝吉岡が来た しばらくしてひる頃稲田氏来り二時より泳いだ・・・ |
11月4日 | 日記空欄 |
11月5日 | 日記晴 |
11月6日 | 日記晴 |
11月7日 | 両校校長 川村曼舟、死去。大石右一、両校校長事務取扱となる。 |
11月7日 | 日記晴 |
11月8日 | 日記晴 ・・・今日は曼舟先生がなくなられた。 |
11月9日 | 絵専図案科生の、中等教員無試験検定許可申請、文部省詮議成らず。 |
11月9日 | 日記晴 |
11月10日 | 日記晴 |
11月11日 | 日記晴 |
11月12日 | 日記晴 朝七時半起床十時前登校見学の予定ありしが中井教師急病にて取止め 体操もなく午後野球をやり後音楽部の練習。・・・ |
11月13日 | 日記晴 朝八時半起床 登校教練二時間の後近所でめしをくって吉岡と共に帰宅 早く飯をくひ六時よりカチョウ会館へ影絵を見に行った 八時半迄終り八百又で休息してから東山へより 夜おそくかへった |
11月14日 | 美工、教練査閲 |
11月14日 | 日記雨 風強し |
11月15日 | 日記小雨後晴 |
11月16日 | 川村校長、学校葬。 |
11月16日 | 日記晴 朝十時起床母と佐藤宅へ御見舞に行った 中食後登校 川村曼舟氏告別式へ行ったがすぐお終いでかへった 後しょうじはりかへをやり夕食後ぶらぶらとすごした |
11月17日 | 日記晴 |
11月18日 | 勅令による勤労奉仕作業はじまる。美工、竹田方面で稲刈り。 |
11月18日 | 日記雨曇晴 朝八時起床朝食後丹波橋集合午後四時過迄農家勤労作業大崎と共に帰宅 夜柿の色紙を画いた |
11月19日 | 絵専(本科2年)大覚寺見学。 |
11月19日 | 日記雨後曇 寒し 朝十一時登校何もなく午後中井教師につれられ大覚寺見学。大覚寺で別れ今井吉岡大野と帰宅後一同すぐかへった 夜佐藤氏御見舞 |
11月20日 | 日記晴 |
11月21日 | 日記晴 |
11月22日 | 日記晴 |
11月23日 | 日記晴 |
11月24日 | 日記晴 今日大野が幽霊が出るとの話を持ちだした。幽霊―。死んだ人間が再び生前の形で現はれる事は本当らしい。自分は霊コンの□□を信じるものではないがそれはどうだか不解可だ。 死とはなにか否死すれば人間はどうなるものな 意志は?肉体は?結局我等には想像もつかない世界だ。 然し面白そうだ。又生きて来られるものなら一度死んでみたい。 幽霊を単に霊コンの不□だけで片づけたくない。 |
11月25日 | 日記晴 朝八時起床慰問文をかいてからおそく登校・・・ |
11月26日 | 絵専研究科東京出張展。 |
11月26日 | 日記晴 |
11月27日 | 日記雨後晴 |
11月28日 | 日記晴 |
11月29日 | 日記aaa |
11月30日 | 美工、松風陶器工場見学。 |
11月30日 | 日記記述なし |
12月1日 | 日記晴 |
12月2日 | 日記晴 おそく起床 一時に美術館前で吉岡に会ひ共に新興美術展を見た後古本屋をあさり帰宅 夕食後操人形の首をつくった 今日も大阪にとまった |
12月3日 | 日記晴 朝十時起床 朝食後大阪駅から十一時四十五分の電車で吉岡と共に登校教練があった・・・ |
12月4日 | 日記雨後曇 夜から夜通しをやった 朝七時朝食をしてから登校教練があったが分例会だけだった 終ってから大野吉岡政サンと文展を見に行った・・・ |
12月5日 | 日記晴 Sに会った 盃やお皿などの絵 カンドは美の理念について…… |
12月6日 | 日記雪雨時々晴 寒し |
12月7日 | 日記晴 朝登校 査察準備でそうじをやった・・・ |
12月8日 | 日記晴 朝七時半起床ねむいねむい 九時より登校 査察予行があった・・・ |
12月9日 | 絵専、教練査閲。 |
12月9日 | 日記雪時々晴 朝六時前起床登校査察だ 七時より行軍 十時帰宅 分例の後、マ三つで中食三時頃終った 成績は大変よろしいとのこと・・・ |
12月10日 | 絵専、校内銃剣道大会。美工、絵専試合。 |
12月10日 | 日記晴 |
12月11日 | 絵専、学生大会。校歌・学生歌募集を決める。 |
12月11日 | 日記晴時々小雨 |
12月12日 | 日記晴 |
12月13日 | 日記晴 |
12月14日 | 日記 |
12月15日 | 日記晴 |
12月16日 | 日記晴 |
12月17日 | 日記晴 |
12月18日 | 日記雨後晴 |
12月19日 | 日記雪時々雲 今日竹本君の死亡通知が来た。 |
12月20日 | 日記晴 朝九時過起床 中食後父はかへった 後キャッチボールをやりSに会った 二時より竹本の告別式に行き帰宅後「モデル」の制作をやった 夕食後も続けた後人形の首をこしらえた 就寝十二時。 |
12月21日 | 日記晴 |
12月22日 | 日記晴 |
12月23日 | 日記晴 |
12月24日 | 日記晴 ちゃぶ台、ごはん、鍋、酒など忘年会の絵 |
12月25日 | 日記晴 |
12月26日 | 美工第50回卒業式(3ヶ月繰り上げ)。 |
12月26日 | 日記晴 風強し |
12月27日 | 日記晴一時小雪 我は日本人なり 感激のあまり 現在今この一瞬 戦地には我が幾多の同邦 尊き血を流せり 我ら今何をかなすべき? 芸途に志す我らなんの躊躇あらん 唯に一途国に畫すのみ 嗚呼偉なる哉我等が国土 我等今戦へり 祖国への感激そは芸術 国を憂ふ者は続け 我等身もで汝等導かん 実行実行そは我等が準じる― いざ打ちたてん 偉なる国我等が祖国日本に 若人よ起て熱と力もて 我が同邦(ハラカラ)よ 栄へあるおお栄あるこの使命 何たる歓喜ぞ 何たる光栄ぞ 我等国民 いざ大君のへにこそ死なん |
12月28日 | 絵専教授、中井宗太郎、両校校長となる。 |
12月28日 | 日記晴一時小雪 |
12月29-31日 | 日記記述なし |
12月31日 | 絵専講師 久世欽十郎、退任。 |
大晦日 | (絵専R_自筆画) |
1943年 | 昭和18年20歳 |
---|---|
元旦 | (絵専R_自筆画) |
1月1日 | 日記晴 ・・・いよいよ最後の正月だ 思い切り正月気分にひたりたい 何故か気分が物足らぬ ・・拝賀式□後登校九時より式あり 新校長中井宗太郎氏□□堂々たるものを感ず 新たなる年を芸に新たなる校長中井氏・・・・ |
京都市美術館前集合写真(絵専R_自筆画) | |
表情写真(絵専R_自筆画) | |
1月2日 | 日記晴一時小雪 何かものを投げるような人間の絵 |
1月3日 | 日記晴 |
1月4日 | 日記晴 朝十時□吉岡大野木上今井来宅 午後より我らの第一□飛行機の下絵を描いた後・・・ |
正月5日 | 寒中水泳 於嵐山(絵専R_自筆画)※日記言及あり |
1月9日 | 日記晴 始めて知るカルピスの味も、こう簡単に甘くなってはなんだかたよりない 甘いのかすいのかどちらかわからないと云ふ処に・・・ ……然しどうせ9月で終りだ 快々的快々的快々的 |
1月10日 | 日記晴(日曜) ……午後正ちゃんがしばらくの時間外出でかへって来た 始めて見る正ちゃんの軍服姿 手は霜焼でひびだらけ 耳は所々に血が黒くかたまり 一個の働く動物と云ふ感じ 今の僕等の環響とはあまりにかけはなれすぎて居る どちらが本当の人間の□□だが解らない又考える暇もない□勢力がないのかもしれんがとにかく考えようと思は□自分としては内心の思ふままに行動してみたい。絵をかきたくなればかく 遊びたくなれば遊ぶ 人は無情だと云ふ 呑気だと云ふ だがかまはない 治と共に正ちゃんを隊迄送って行った。 後京都座で芝居を見 夜□□□阪 吉岡へ電話して大和の旅行をことわった 十二日は松井徹郎君が中華大陸に就職するのだ□愉快な友達だ 送ってやりたい |
1月11日 | 日記思ふ存分寝て十二時 雨が降って居る 京都では雪だらふ 中食後徹チャンに電話したがあいさつ廻りで夜迄かへらんとの事・・・ |
1月12日 | 大石右一校長事務取扱離任式。中井宗太郎校長新任式。 |
1月12日 | 日記今日は徹ちゃん出発の日だ 昨日は結局会へなかったので午後行ってた 彼氏ゆうゆうと荷物のこしらへトランクを前にゆっくり話した 愉快な男だ 彼が行くのか彼の父が行くのかわからない 父の方がいらいらとあわてて居る・・・ |
1月13日 | 日記 |
1月14日 | 日記・・・午後中井校長の美学 校長は生徒から分離して存在するものではない 私は諸君に我等の校長と云ってもらひたい−」 新校長先ず希望を 続いて従来通り講義あり 一時間で終る・・・ |
1月15日(金) | 日記七時半Sと共に登校 カルピスを味はふのものもなかなかの苦心 ぎりぎりに飛込み教練−、今日は体力練成の為かけ足と十條の方へオイチシ? 今日も又ビッショリ汗をかいた 三時間目より図学 珍しく出席 どうした風の吹き廻しか教練図学共に一時間で終了 午後は学生歌作成の件で生徒大会― 後すぐにオッチャンと共に帰宅・・・ |
1月16日(土) | 日記晴夜雨 |
1月17日 | 日記八時五六分京都駅より勇踏波切に向け出発 車中吉岡に会ひ 例によって例の如く人気ことごとく二人に集中 愉快に二時波切到着・・・8623 |
1月18日(月) | 日記…午後漁夫にモデルになってもらい写生。 なかなかよいもでるだ 今度の制作は漁夫に定めた |
1月19日(火) | 日記昨日におとらぬ上天気 漁夫を写生に行った |
1月21日(木) | 日記午後中井校長に導かれて南禅寺見学。 |
1月22日 | 絵専学生歌40余の応募から数点決定。 美工、大東亜戦美術展見学(大阪天王寺美術館)。 |
1月22日(金) | 日記Sと共に登校。 教練は体力練成でかけ足校庭を廻った 二時間目は教練学科 図学はなく政さんと中食後、午後、生徒大会 校歌を集め□□した。 九点佳作を定め校長に定めて頂く事にした・・・ |
1月24日(日) | 日記朝より大画票下絵制作 一同来宅、夜吉岡と校歌作曲の件で内藤氏訪問。夜吉岡大野井上で過し父母が来た。 |
1月26日 | 絵専、高等工芸学校との連合野外演習(向日町方面)。 |
1月26日(火) | 日記野外教練 夜稔さん送別会。悪よいせり。 |
1月27日(水) | 日記八時半起床 昨夜の酒ひが頭がいたい 一日身体調子悪し。 ・・・ 午後登校中井先生来校、大画票につき相談 全面的に好意を得る 今日は中木教師案外「日本的!」の言葉です かへってその内容に重点をおく□話し一同案外の態 萬事好都合 後はけい費の件のみ。何とか実現さしたいもの。 |
1月30日 | 絵専、大東亜戦争美術展見学(大阪)。 |
1月31日(日) | 日記……29日に稔さん入営…… |
2月1日(月) | 時間割朝:聖戦美術展見学 昼:湯田御見舞 |
2月1日(月) | 日記今朝は早く起きたー 三時半より好三君(木下)の入営だ。 ねぶた目のせいか外は真暗だ とくどの火のもとでの好ちゃんのあいさつ…。 節句でもないのにぜっくぜっくと苦しい事 結局おきまりのあいさつと万歳の声で抜けも一人前の兵隊さんの列に加はった 帰宅後末だぬくもりのさめない寝床にもぐり込む・・・ 午後吉岡と湯田を見舞に行った もうだいぶよいらしく割に元気にやっていた。・・・ |
2月2日(火) | 時間割朝:大阪ヨリ登校 昼:画標相談・下絵制作 |
2月2日(火) | 日記天王寺の聖戦美術展を見に行った。 朝の九時丁度美術館の一番乗りだ 沢山人が来る――最近とちいよい展覧会だ 中村研一、藤田嗣治等なかなかの傑作 日本画は全々影がうすい。 同じ会場に日本画洋画と並べた場合どうしても日本画はたよりない 従来の日本画の技法はどれも及びそうにない この場合日本画と云ふ古いがい念にとらはれて居るのも錯誤考えものと今更ながら深く感じさせられた。 午後吉岡と共に登校 画標についての打合せをやった |
2月3日(水) | schedule昼:画標相談・下絵制作 晩:油絵制作/大崎来宅 |
2月3日 | 日記自構舌気生も近頃なかなか急がしい。校友会は最近にせまり、例の大画標は、11日迄に完成させなければならず、11日の指揮には学生歌の発表会で音楽部の演奏会。おまけに今日は大崎の油絵の標点の絵迄たのまれた。 本当につかへるものなら猫の手もかりたいわい。 今日も目のさめるなり登校。画標の相談 図案科の奴甚々たより古い。 全くじれったい。…… 大崎と共におそく帰宅―演奏会の□務曲目を定めて少々練習 夜は油絵制作 頭では出来ても手は云ふことを気かぬ。結局夜通し朝方遂にたよりないものが出来上がってしまった。 |
2月4日(木) | 時間割朝:登校 昼:画標相談・音楽練習 晩:大画標下絵制作 節分 |
2月5日(金) | 時間割朝:教練試験(学科) 昼:仏語試験[音楽練習] |
2月5日(金) | 日記あちやらの国では金曜日は悪い日と相場が決まってゐるそうな 日本ではどうやらそうでもないらしい。 今日は教練と仏語試験だった□語は大崎に書いてもらって満点不思議だ 試験に本人は欠席してゐても答案だけはちゃんと出てゐるそれで満点までとっている。 勿論出席者は皆満点だらうけど 教練もお隣の答案を丸うつしで完全。 寒い校庭でさんざんしぼられるよりいくらかよいか知れん。悪い日どころかこの上ないよい日だ。午後音楽部で演奏会練習。すきな事だけは真面目なもの 六時半迄続けた。腹がへって皮が背中にくっつきそう。曲目は、紀元節の歌、学生歌五ツ、シューベルトの子守歌、荒城の月、ドナウ河の港、の予定。 人数が不足と部員の熱のたりないのにはこころぼそい 画標も明日から本物にかかわる。急しい急しい。 |
2月6日 - 10日 | 絵専生、四条河原町高島屋塀、外壁に、軍報道部より依頼の大画標制作、同20日掲出。 |
2月6日(土) | 時間割朝:午前十時登校/学生歌練習 昼:登校/発表会音楽練習 |
2月6日(土) | 日記晴後雨 近頃学校もいよいよ我等の学校と思へる様になって来た。愉快な学校だ。 講堂でブンチャンブンチャンと演奏会の練習だ。此の調子だとうまく行きそうだ。午前中は学生歌の練習、昨日の練習で今日は指揮よろしきを得て、着に進み、がちりうまく行く。内藤氏の作曲も出来た なかなかよい歌だ 二部でやる事にした。 午後は今日もおそく迄音楽部だけの練習。画標も行きたい– 練習もせねばならん 全く身体が二つほしい。五時頃帰宅。河原町へよろうと思ったが雨が降ってゐたので止めた。かへると正ちゃんが外宿で帰って居た。すぐ行った。(なぜ急しいというかたまるんだろう。然し次々と仕事が片づいて行くので愉快だ。明日は朝から画標の方へ行かねばならん。少し話したが今日は素食をぬいたのではらがへる。夕食後も行った。なぜかなつかしい。宅へも少し来た 俺がマンドリンをひくと(自分もそんなことをしてた時があったんやなー)・・・なんて馬鹿にしてゐる?・・・夜は共に風呂へ牛乳君に会った。帰宅十時半。 雨は昼に強くふる。 明日はあがればよいがー。 |
2月7日(日) | 時間割朝:午前九時 河四條 画標制作 昼:→ 画標制作 |
2月7日(日) | 日記ようやく少し晴になった。問題の画標も成功のうちに完成、無事河原町の壁におさまった。急がしかった三日間!画標製作に音楽の練習!又文字通りの学手古舞おかげで今日の新聞には画標制作中の写真と絵専生の彩営報国!と四段抜き――彩営報国も熱意にもえる京都絵画専門学校の若人が軍当局翼賛会京都支部の援護を受けて、防空思想の強化敵□心の昂揚ひいては決戦意識を□立する為さる3日以来寒風吹きまくる技園内の青天井の画室で本科三年生約三十人が中心となって描きあげたもの。――紀元節をトして掲出されるが美術部□らしい決戦風景――……なんて---たのもしいてと一寸よろこばしやがるね---今度3月10日の陸軍記念日にはこの飛行機を墜落さすと云ふんだからたのしみだ― 午後は学校で明日の発表会の練習 例によって六時半迄……帰宅後ゆっくり□□したんだが一つ片付いたので一寸落ち着いた様な気がする。 明日はいよいよ発表会だーまだその後は試験校友会と次々に問題がひかえて御在る。まだまだあんのんと落着きも出来んわい。 |
2月8日(月) | 時間割朝:午前九時 河四 画標制作 昼:→ 画標制作 画標制作 |
2月9日(火) | 時間割朝:午前九時 河四條 画標制作 昼:→ 画標制作 完成 |
2月10日(水) | 時間割朝:学生歌発表会 豫行 昼:→ 定期乗車券買入(学校) |
![]() ![]() ![]() ![]() 『新美』(6月號第拾年第六號通巻壹百拾號)昭和18年6月25日発行 |
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2月11日 | 紀元節拝賀式、出陣学友歓送迎会後、全学生より募集した学生歌発表会。 |
2月11日(木) | 時間割朝:登校式(学生歌発表会) 昼:街散歩 晩:七時ヨリ東山青焱会会合 紀元節 |
2月11日 | 日記皇紀二千六百三年紀元の佳節の朝、本日天気晴朗なれど風寒しと云ふ処 先ず七時より町内拝賀式一通すんで朝食もとらず登校、式の後いよいよ発表会だ。絵専だけでは剰り少ないので美工も入れた。和気あいあい近頃にない楽しい雰囲気をかもしだし、傑作続出、大喝采の内に無事終了。 アンコールアンコールで長びく事。途中で失敗して始めからやりなほす等 なかなかあいきょうよろしく。 終了後五時学生歌指導十二時過終った。後吉岡と街散歩。画標の前で記念撮影。夕食後は東山で青焱会会合、夜は東山に宿ってしまった。 |
2月12日(金) | 時間割朝:十時登校 肖像画見学 昼:→ 画標制作 |
2月13日 | 絵専、校内第2回卓球大会。 |
2月13日(土) | 時間割朝:青きドナウ編曲 昼:湯田来宅 晩:教育答案 |
2月14日(日) | 時間割昼:東山へ |
2月15日(月) | 時間割晩:入浴 |
2月16日(火) | 時間割朝:試験答案作成 美史、教育 昼:→ 画標制作 |
2月17日(水) | 時間割昼:今井来宅/試験答案作成 |
2月17日 | 日記・・・今井が来た 頼んでおいた表情写真をとってきてくれた。正に傑作 我ながらあよくもこんな顔が出来たもんだ。 |
2月18日(木) | 時間割丸物表情写真 |
2月18日 | 日記朝十一時― 「藤田さんー良サーンー電話ですよー」吉岡からの電話を告げる箕浦さんの声で仕方なくあたたかい寝床から引きずり出された 「波切行の相談の為午後行く・・・」との事。 中食をして待った 間もなく口笛を共にガラガラようーと来た。会ってみれば別に話す程の事もない。彼氏も例にもれず五尺の身体のやり場に困って居るらしい御互様だ 2人でやり場のない品物が十尺になった。 「仕方がない 政さんのとこへいくかー」・・・作成中石川氏から御願ひしますとの事、名町辰夫氏に御足労をわづらはしてはと画伯から出むいたら何の事やあらん又しても銅鉄回収の車につけるのぼりを画いてくれ・・・これでは御願いしますとくるはず−、画伯たるもの一寸つらい・・・□科の代用品にコウコを一本頂いて退下、さて何をかけばよいやら 又々急がしくなって来たわい |
2月19日(金) | 時間割朝:登校 図学試験 昼:修身試験 美学・美史・教育 答案出 |
2月20日(土) | 時間割昼:井上宅 写真引伸し |
2月21日(日) | 時間割朝:午前十時ヨリ 丸物表情写真/後波切出発 昼:車中 晩:波切着 |
2月23日 | 講演会、南方民族について。講師宮竹氏。 |
3月1日 | 四条河原町の大画標ボーイングB17に「撃ちてし止まむ」を書き込む。 |
画標制作(絵専R_自筆画) | |
波切写生旅行(絵専R_自筆画) | |
校友会制作『冬暖』(絵専R_自筆画) | |
同窓会 藤澤師ヲ中心ニ(絵専R_自筆画) | |
上田・小林両君送別(絵専R_自筆画) | |
音楽会(絵専R_自筆画) | |
廠営訓練 志賀饗庭野(絵専R_自筆画) | |
3月2日 | 日記光陰矢の如し! 全く同感ちょっと御無沙汰して居る間にもう三月。着て居るシャツも一枚へらす時候になった。 校友会迄後わずか十日―目下必死で制作進行中だ 今日はわくに下ばりをした。 二十一日からの波切旅行がわづかだが写生も出来、材料も定まった。 波切―何度行ってもよい処だ 暖たかいのは有難い。あちらでは梅ももう満開だ、おまけに食ひ物に不自由はない まだおまけに雨が少ない・・・どう考えても楽天地だ おかげでもちやいもを食べすぎて腹をこはした。帰った日は一晩中苦しい□になやまされた・・・どうもあのいもは胃に悪いらしい。もうあまり一度に食はない様にしよう。 昨日は一日中画標の描直しにとられてしまった。朝から雨の中をものかは、 「撃ちてし止まん!」と強行にも描き続け午後6時遂に完成 前よりも面白くなった 雨降る中、電車の絶間なく走り人の行交ふ京の中心河原町 ペンキか服かと思ふしろものを着て心臓をたのみにの仕事愉快だがやりにくかった。 夜回覧板が廻って来た 板の真中に写真が一枚はさんである。銅鉄回収の記念写真だ。買画がある。 我ながら正に傑作!大黒屋のおっさんがチャーチルに見へるのも面白い。 この写真が新聞に出来居たそうな 朝日をさがしたがなかった 大毎らしい |
『朝日新聞』昭和18年3月2日(火曜日) 「撃ちてし止まむ 街に沸ぎる敵愾心」 必勝の決意を“撃ちてし止まむ”に凝結して米英にたたきつける第三十八回陸軍記念日行事は一日を期してその堰をきっておとした、河原町四條高島屋建築塀の板囲ひ四十尺に十三尺、一ぱいに描かれた銀翼を張る鬼畜の米機“空の要塞”は道ゆく人々の目をひいてゐたが、この日撃墜される姿に書き代へられ“撃ちてし止まむ”の文字が書きこまれ“襲いくる敵機はかくの如し”と防空必勝の決意を固めさせた これは京都絵画専門学校報国隊員が画筆報国の熱意に燃えて制作にあたったもの、中井絵専校長も顔を出して陣頭指揮、ダグラスやマーチンやコンソリデーテツドなど敵機画票にも“撃ちてし止まむ”の文字が光ってゐた、市電、郊外電車、劇場、映画館や街頭到る処にビラ、ポスター、立看板が出揃ひ“撃ちてし止まむ”の決意をいやが上にも昂揚し、府市民ひとしく大東亜戦下のいま三十八年前露軍撃滅の回想を新たにして米英への敵愾心を沸騰させた 「火をはく“空の要塞(絵専生制作)四條河原町角にて」の写真掲載 |
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京都市立絵画専門学校 日本画科本科2年生制作『B17』 1942~43年 四条河原町(現、京都高島屋)にて 敵機ボーイングB17を描いたのは昭和17年第2学期9月初め。資材はペンキ、トタン板(画面)を京都師団へ調達願いに行き、紅葉の頃、画材資料を集めて小下絵を作ったのが嵐山の下村さんの家であった。年末、雪の降る日も現場(工事中止の現・高島屋)で描き、昭和18年1月に高島屋外囲の上に揚げた。 それから3ヶ月後、意気高揚のために、落下する敵爆弾を描き加え、皆さんに再度見ていただいた。 昭和18年9月28日、入隊のため繰り上げ卒業と引き続いて送別式をしてもらい、10月1日から遂次各個陸海軍に入営していった。 描きましたB17は私たち戦死を覚悟の置き土産の合作だったのである。(堂本元次) |
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下村良之介さんを偲んで―堂本元次 美術工芸学校入学を同じくし、最初の出会いから、何となくひかれる魅力ある方でした。絵を描くことには積極的な作画態度で、常に熱意のある優れた作品を描いておられた。 私は図案科におりましたが、廊下向いの絵画科の実習室へ足繁く出入りさせていただき、学友の制作過程を見学させてもらっていて、科は別であっても絵画科の学友とは、心の通じる仲であった。その中の一人が彼でありました。 終戦後、下村兄の実力の発揮は素晴らしく、パンリアルにおいての活躍は尊敬する存在であった。 下村兄との思い出の一つに、彼が嵐山に住んでおられた頃、学友8人で人間筏と称して2メートル位の距離をもって嵐峡のあの岩場の流れを泳ぎ下ったことが幾度かあった。この経験が、私の従軍中、遭難し荒れる南支那海で14時間漂流したが助かったのである。この命拾い出来たのは、下村兄から教わった嵐峡下りの読経だめしの経験のお陰と感謝している。 また、昭和17年初冬の頃、四条河原町西入南側(現、高島屋)に絵画専門学校日本画科本科2年全員によって、来襲するボーイングを描いた時のこと、嵐山の下村兄宅に一同が集まり、小下絵を作制した。その時、学友によって彼の家は満杯になり大へん迷惑をかけたことになったが、一向に気にすることなく我々を迎え入れてくれた彼の包容力には、一同感謝の念を深くした。 彼の親切心にあまえ、いろいろと世話になったことが度々あり、若い時から私達学友の中で常にリーダー役の実力の持ち主で敬服していた。 酒の強い彼と、全く正反対の酒が呑めない体質の小生とは馴染めない性格であったが、毛嫌いされることなく付き合って下さったのは、彼の度量の大きさであったと感謝している。 共に永く生きて仕事をすることを誓い合っていたのに、先に往かれて淋しい限りである。 今は浄土に在って、また、新境地の世界を切り開いた制作を続けておられることと推測いたしております。 (京都市立美術工芸学校・京都市立絵画専門学校同級生/日本画家) |
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目標の人―三尾公三 下村良之介さんとの出会いは昭和17年4月に遡る。私が名古屋から出てきて京都市立絵画専門学校の日本画科予科に入学した時でした。私としては中学の頃から、やがては美術学校に学びたいというのが夢でしたから、憧れの美術学校に入学したことになります。 同級に白髪一雄君がいました。 入学して一、二ヶ月経った頃でしょうか。上級生の中にひときわ目立った存在が、当時本科2年の下村良之介さんでした。眼光するどく、うっかりすると怒鳴りつけられそうで、気弱な私たちは遠まきに見ていたような記憶があります。 私ども予科1年の教室は旧今熊野校舎の本館二階であったと思いますが、昭和18年の年が明けて間もない頃でしたが、友人と足を忍ばせて階段を上り、先輩たちの三階の教室を覗き見したことがありました。するとある教室の入口近くのところにタテ長の百号Mくらいの仮張りをイーゼルに立てかけ、年老いた漁夫が海辺の小屋を背に座り、籠に入ったさざえをより分けているような図柄の実に見事な作品がありました。あまりの感動で声もなくしばらく観つづけておりましたとき、教室の奥の方から声高らかにその自作の前にもどり、どっかり座って絵を描きはじめられたのが、あの眼光するどい下村良之介さんご本人でした。教室を覗いている私共に気付かれ「お前ら何や」と言われて、びっくり後ずさりしながら階段をころげ落ちるように自分たちの教室に逃げ帰ったことを憶えています。 あの作品は良之介さんの学生時代の秀作の一点だと思いますが、その後の作品集でも展覧会でもついぞ再び拝見することなく、ただただ私の記憶の中にのこる名作です。 多分、あの頃の絵専の学生は私も含めて志摩半島の波切へ写生によく出かけたものです。私の作品から受ける想像では、大王崎近くの石のゴロゴロした海辺での写生をもとにして描かれたものではないでしょうか。もう一度実作を拝見したいのが私の長い間の夢でもありました。 これも昭和18年頃の話ですが、当時高島屋は烏丸通り松原あたりに瓦葺洋風日本建築三階建の本店がありました。そして現在の四条河原町西南角は、やがてこの地に移転すべく広い敷地の周りを4、5メートルほどの囲いが周らされておりました。当時は戦争も真っ只中、絵専の学生も何らかの国家に協力するということでしょうか、京都高島屋建設用地の白い囲いに何か戦意昂揚の意味をもって、敵機である米軍の戦略爆撃機B17を描くことに決まりました。二週間ほど現場に通い高い足場を組んで、その上に下村良之介、大野秀隆(俶嵩)、原在修、塩谷(堂本)元次をはじめ、先輩たちが筆をふるって見事なB17を描いたものです。私ども下級生は足場の下から終日塗料の入った鑵を持ち上げている役でした。 昭和18年頃の四条河原町の一風景です。その後、幾星霜、良之介さんと私は僅か一ヵ月違いの大正12年亥年生まれですが、不思議に性格は正反対でしょうか。でも常に私の二歩も三歩も前を歩きつづけた、私にとっては終生先輩であり、目標の人でした。 (京都市立絵画専門学校同級生/画家・故人) |
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3月13日 - 17日 | 両校生徒作品展(市美術館開催はこの年まで)。 |
絵画科第5学年 第44回校友会展覧会《運吉さん》 | |
3月13日 | 日記ようやく全部かたづいた これで泣いても笑っても四月からは本科三年だ 校友会も今日で搬入が終り 先ず先ず大成功だ。入江波光氏 「これが君ですか。はり切ってますね・・・」と来た。うぬぼれか、否本当らしいとにかく今度の展覧会中で我等の空が一番見ごたへがある。 おまけに湯田も進級出来るとの事。 全く万事オケーだ・ 唯□が故郷へかへって居ないのは残念 なーに市展の時にでも連れていくさ。・・・ 朝から最後の仕上げ 畫は完成祝ひに一同ネギのすき焼に一杯ひっかけて上気のげん 二時頃より例によって荷車に作品をつみ込み進軍?‥‥‥一路美術館へ…… 途中、京日の新聞記者に会った 何とか煙にまいて、写真をとらしてやった。 …いよいよ明日から展覧会だ。・・・ |
3月14日 | 日記・・・さて今日十四日展覧会第一日目 朝先ず東山へ母、天下茶屋の叔父母が来て居た 書道遊び午後、叔父母と美術館へ。相当に人が入ってゐる。 会場で久しぶりに野崎に会った。 二人で河原町へ出た。・・・ |
3月15日 | 日記今日は「オシャカサン」と云ふ日だとの事。 オシャカサンが幾年か前の今月今日死んだんだそうだ。 夜□届御見舞に行っていろいろと面白い話を聞く。 毎年今日は雪が降って寒い事になっているのだそうだが今年は珍らしくよい天気だ。全くよく調べたもの(永く生きてゐるとこれだけかしこくなる……) ふとした事から神について話しだした 叔父さんが大した神信家と云ふことはかねて正ちゃんに聞いては居たがまさかこれ程とは思はなかった 叔父さんぐらいになると死んでまよって居る人の姿は勿論、着てゐる着物の柄迄見えるそうな 生前によい事をしておくと死後はすぐ神のそば(行ってじょう仏出来る由、生前に殺生をするのは居にいけないそうだ 事これに至って「軍人は如何?…」ときいているに、それは国の為の殺生だから幾分罪が軽いが仏教的に云っては少し……だ。 との事 どうも少しおかしい 軍神は今頃クシャメをしておられるだろう。 然に神社が信仰の対象としての一つの方法として存在するだけのものであって神を信ずるもの必ずしも神社を必要としない…… と云ふのは同感だ。 |
3月17日 | 日記昨日で展覧会終り今日は搬出だ。幸よい天気 学校へ運んだ、・・・ |
3月18日 | 日記・・・二時より永井、恒村歓送に京都駅へ 校長を始め中□加藤等来られ盛大に送った。大声で唱ってゐるとべっとり汗が出る。・・・ |
3月19日 | 日記・・・夜九時より町内防空演習だ 昨日サボったので今日は出なければならん。 つまらん演習だ 形式ばかりおって唯演習の為の演習でしかない こう云った演習法は実際のものから全々はなれた形式でしかない 人に見せる為の演習でなく たとへ下手でも実際の場合に役立つ演習をやってこそ本当のもはん町内だ。 どうもこの町内はもはんと云ふ肩書を失なはない様見せる為に上ついた演習をやって居るとしか思へない・・・ |
3月31日 | 日記西垣籌一、絵専生徒主事補となる。 |
4月2日 | 日記流行性カンバウでふとんで寝るイラスト |
4月3日(土) | 時間割廿日迄 佐伯展 美術館 |
4月3日 | 日記碁を打つイラスト 日活の撮影所のイラスト |
4月4日(日) | 日記・・・今夜もこれで寝る事にした 十時突然警戒警報発令! サアー事だ 早速登校 これで今度も徹夜らしいぞ 続々と学校へつめかける 出て来た者一同控室で雑談だ 一体俺等は何をしに学校へ集まるのだらう もったいない事だ 隣組では手がたらなくて困って居るので働盛りの若者をこんなに一ケ所に集めて遊ばして置くとは 変な話だ・・・ 警戒警報中だと云ふのに沢山人が出歩いてゐる。けしからん・・・と考えた自分が丹前の着流しなのに気がついて苦笑した 公園では警防団員が無用の外出者を帰らして居る。一廻りして帰宅・・・ |
4月6日 | 日記九時過起床 今日もポカポカとよい春日晴だ 警戒警報中だと思ふとゲッソリする。朝からSに会った 先月からずっと病気で寝て居たとの事・・・警報中着物を着てゐると気が引ける。伊達におうたいをしたりしてごまかした・・・ |
4月7日(水) | 時間割朝:松尾方面写生 |
4月8日 | 日記…近頃夜になるとうっとしい警報もこう続いては。 |
4月9日 | 両校入学式。 |
4月9日(金) | 時間割朝:午前十一時ヨリ登校(入学式) 昼:桂方面 写生 |
4月9日 | 日記…今日は絵専の入学式。新しい制服と帽子を見て居るとやはり春だね。いよいよ俺も学校中の一番の兄貴だ。・・・4日から6日間続いた警戒警報もやっと解ジョされた。久しぶりに電気をえんりょなくつけられてげんなりした。こうなると電気の有難さがわかり エジソンにお礼を云ひたくなる。 |
4月10日(土) | 時間割晩:東山へ注射 帰阪(湯田) |
4月10日 | 日記注射接種のイラスト? |
4月11日(日) | 時間割朝:八時南街集合 校友会ハイキング 昼:→ 晩:→ 大阪宿 |
4月11日 | 日記横顔のイラスト |
4月12日(月) | 時間割朝:九時ヨリ(日下)中書島写生 昼:→ 晩:油制作 |
4月12日 | 日記…小林武さんと上田正君に召集が来たとの事 青年部会、実に忙しい 早速送別会の打合せと、餞別を考へねばならん…… |
4月13日(火) | 時間割朝:送別用件 小林・上田(青年部) 昼:一時ヨリ登校 座談会 晩:油絵制作 授業開始 |
4月13日 | 日記「この作者は誰です?…」 榊原紫峯氏先ず「冬暖」の批評会に於ける第一声 榊原氏布待して居ただけあってなかなかしっかりして御在る 今度の受持は榊原氏と池田氏だ 池田氏は案外たよりない まあまあ問題にする程の事もない 俺の意トした処だぞ 作者としての感想をのべた後、榊原氏の批評だ。 「この作品は会場で一番長く足をとめされた作品です 作者も云って云るように黙々として一日単純な仕事に精魂をかたむける人物を描こふとした意トよく表はれ 人物なぞ特にしっかりしてその性格迄現はれて居ます。色調なぞあはい内にしっかりした根本的なものを持ち 殊に絵具をのみ込んで縦横にくしした技法なぞ、実に愉快に感ぜされました……」 いきなりものすごいほめかただ― 一体批評とは批評する人が一段高い見地からその根本的なものを批評するものではないのか?……こう簡単に無条件でほめあげちねてしまっては、なんだか変なものだ 然し他の作品を散々くさしてからのこのほめかただ萬更悪くはない 殊に相手が榊原氏とあってはなほさらの事 結局最後迄ほめあげられてしまった 自分ではまだもっとやりたいと思って居るのに 一寸変だぞ |
4月14日(水) | 時間割朝:九時ヨリ登校 授業 昼:教練 晩:湯田来宅 廿三日迄 独立展 美術館 |
4月14日 | 日記今日は初の授業日。先ず美学より開始。図書室で中井校長を中心に校友会の座談会だ。四時間目体操。午後は教練 これでこの週の授業は終り・・・青年部の方もたのんでおいた□輪が出来て今夜上田小林両君の宅へ持っていった。 夜武さんが礼に来た・・・ |
4月15日 | 日記……美術館へ独立展と佐伯祐三展を見に行った 希待して居た独立展全く希待はずれだ つまらん作品ばかり並んで居る 全く額やかんぱすがもったいない あべこべについでに見た佐伯祐三の方がはるかに・・・いや段違いに楽しませてくれた 佐伯祐三 偉い男だ 面白いとは思っていたがこう迄すごいとは思っていなかった 彼には絵に於ける何の形式もない 彼自身とその作品の間には何ものも存在しない 作品そのものが彼であって彼そのものが作品である 彼の心境はそのまま画面にぶち出される。 飾り気のない赤裸々の彼自身を画面にぶちまくのだ。 画面の上に描れた対象はもはやなにものでもない 佐伯祐三それ自体である。 |
4月16日 | 日記うさぎのイラスト |
4月17日 | 日記送別会 萬貫にて 昨日は兎を食った |
4月18日 | 美工、桃山御陵参拝行軍。 |
4月18日 | 日記福屋にて送別会おかへし 4月20-5月20日 絵専、勤労奉仕作業。河原町丸太町東南で防火用水池掘り |
4月20日 | 日記兵隊のイラスト 祝入営 朝四時起床いよいよ今日は上田小林両君が入営だ。幸よい天気 福屋の連中等も見送りに来てはでに送った 京都駅で別れ後、村木とおすみ、おきみサン等とだっせん 丸山等々に廻った 後丸物で表情写真の引伸しをもらった 前で福屋の連中と別れ村きと共に大丸に・・・ |
4月22日 | 絵専、校則改正、授業料区分改正。 |
4月22日 | 日記投げ上げた土に真昼の太陽は煇く ふんばる足 しゃべると横ぎる手 思はず出るかけ声 桃色の筋肉の上に汗がふく。 車は古瓦をくだきながら走る ねば土にめり込む足 どろんこの顔 もりあがる筋肉に太陽は輝き 真黒な足は板を渡る 赤黒い肉は穴をほる ゆれるモッコをさつて 力強く一歩一歩 板を渡る 真黒な土、走る汗 もり上る筋肉 ふんばった足 すべてが穴をほり土を運び土を投げる 勤労奉仕の一日 西垣生徒官の指揮よろしきを得て愉快に過した |
4月23日 | 日記昨日の作業の為か身体中が痛い 十時頃登校 油絵「灯への道」を描いた 又学校で絵具をとられたとの事 今度は二人も一度にやられたそうだ。 全くぶっそうでいかん。本科二年はデッサンをやぶられたとの事。 どうもやる事がえげつない。 一日も早く犯人をあげんといかん 湯田が油絵の額を持て来てくれた 五時頃迄描いた 夜入浴 村本の送別会を福屋へ交えように行った |
4月29日 | 絵専新入生歓迎会。 |
5月 | 第8回京都市展に、前年、絵専の卒業進級制作展に出品した《暖日》を出品するが落選する。 |
5月1日(土) | 時間割朝:五時半 町内青年会/武運長久祈願 晩:注射/東山へ湯田来宅 廿日迄 市展開始 |
5月2日(日) | 時間割朝:七時五分 村木入園 昼:湯田小林来宅 |
5月2日 | 日記…今朝は人気物村本が舞鶴へ入園した |
5月3日(月) | 時間割昼:今井来宅 |
5月3日(月) | 日記今日Sから始めて手紙が来た 相当強烈だ 今月の中頃に帰るとの事返事を画いた 俺は一体この二三日と云ふものなにをしたのだろうか 何一つこれと云ふことをしたとがたい 治さんは戦争に行った 目的の為に生命をかけて行ったのだ…… |
5月4日(火) | 時間割朝:六時起床 昼:市展 晩:青焱会合 東山ニテ(ア~オ持参) 髙田範士訪問 |
5月4日 | 日記予定通り実行、気持がよい 午前中市展を見に行く つまらん!なんだこれが京都を代表する芸術か これが芸術の京都京都の全力か。自分の地位自分の利益の為には自分の住む京都否日本をふみにじっても徳をしようと云ふ絵描達だ 実に残念だ このこれを日本をせをって起たうと云ふ青年がだまって見て居られるだらうか・・・ これをすて置けるだらうか・・・ 自分の作品の落選を聞いて又何かよい作品自分のよりもよい作品を見られその上に進歩を出来ると心の底で何か□すくはれた様な気持になって見に来た 市展! 市展は俺に何を与へたか! みにくい利国主義の裏面、きょぎの芸術、内容の無い商品、 ありとあらゆる無意味なきたならしいにがい感情よりあ□ちがった 我々の対象は無智な彼等の云ふ素人ではないのだ 時代の目だ整理された時代の目だ 真実だ! 何か知らこの世の中で一番きたないものをみせつけられた様な気持でそすいの通を帰った 午後湯田来宅 夜七時より青焱最後の会合をやった 十時過頃宅。 |
5月5日(水) | 時間割朝:登校 昼:教練/髙田氏訪問 晩:色紙制作 |
5月5日 | 日記・・・朝八時より登校したのに午前中全授業取止めになった 結局午後教練に時間 散に校庭を走り廻った・・・ |
5月6日(木) | 時間割昼:佐藤面会 |
5月6日 | 日記「面会禁止!」 クソ!馬鹿にして居る!そんなあほな!いくら腹を立てても仕方がない 「今日は絶対に駄目です」忠実な門□君は気の毒そうに無駄足を宣告する 葉書では八日に出発するとの事。 もう会へないわい 人間のあさましさでそっと中をのぞいても茶色い無合が無愛想につったってゐるだけだ。あきらめて引かへした 折角?迄出て来ておめおめかへるのも馬鹿気てる。□さんと共に映画を見る事に定めた。四條で佐藤氏の父君を態よくまいて脱線 朝日の地下で夕食をとった。おそろしい品物でオカラの代用食でべろべろのなくば全くなさけない世の中だ・・・ 京宝で映画を見て夜おそくかへった。 |
5月7日 | 絵専日本画3年、神戸池永美術館見学。 |
5月7日(金) | 時間割朝:八時半 四大集合・見学 神戸池永美術館 昼:→ 晩:大阪帰宅 |
5月7日 | 日記神戸見学の一日。 先ず池長美術館。 山手の丘の上に立つ三階立の洋館 一寸感じのよい美術館だ 最初館長のあいさつに説明があった 後一通り見て廻った 説明を聞いた時はこれや少しは面白いものもあるだらうときたいしてゐたのに見ればおやおやだ 何も僕等は絵の歴史を研究を来たのではない 若てこの絵の前で人が切腹したから血がついて居るだのこの絵は誰々かもってみたものだの そんなんはどうでもいいんだ 絵を見ずに血をみてゐるだけだったら乃木さんの布団を見てゐる方がよっぽど面白い 結局前で写真をとって引上げた 次は華岳氏宅だ さあさあどうぞといそがしそうな気持ちのよい奥さんに導かれて奥の間に通された。古ぼけた門構の立派な家 しつくりして気が落着く いろいろと作品を見せて頂いた 面白い人だ なかなかしっかりして居る ドーナツを御ちそうになってから一同これにて解散宅前で写真をとった かへりは大阪へ帰宅 夕食後額をこしらへた |
5月8日(土) | 時間割昼:嵐山帰宅 |
5月9日(日) | 時間割昼:湯田来宅 |
5月10日(月) | 時間割朝:帯描き 昼:登校/東山御見舞 晩:→ |
5月11日(火) | 時間割×朝:九時半ヨリ登校、講義 小林来宅 |
5月12日(水) | 時間割朝:登校/生徒会 昼:教練 |
5月12日 | 日記桑酒屋の娘□が気が狂ったとの事 全く驚かされたね 安らかにねてゐたのに 「ばくだんだー早く逃げなさい―危ないー」 と来た。とびおきて時計を見たんだが未だ三時半 未だなにか呼んでゐたがこちらは目が云ふ事をきかん 多分演習だらうと思って又床にもぐり込んだ 八百彦は一家の□がモンペゲートルで布団をかむってとんで出たとの事・・・ |
5月14日 | 絵専、本科3年大徳寺見学。 |
5月14日(金) | 時間割朝:大徳寺見学 |
5月16日(日) | 時間割朝:春季水練 |
5月17日(月) | 時間割朝:献納画制作 昼:--写生 |
5月18日(火) | 時間割朝:八時 円町集合 勤労奉仕 昼:-- 晩:十時朝日会館 音楽会 |
5月18日 | 日記勤労奉仕だ 朝八時円町集合 例によって防火用水構□作業だ 暖い太陽の下土の中に飛び込んで久しぶりに思ひ切り働いた 気持がよい。 |
5月19-21日 | 絵専、勤労作業。軍依頼の「敵機識別一覧図」大ポスター50枚製作。四条大丸百貨店前で展示会。 |
5月19日(水) | 時間割朝:午前十時 会議室集合 昼:画標製作 援助 |
5月19日 | 日記軍からの至急用件あり午前十時会議室に集合すべし」速達の呼出し状だ おおせに従って出頭 軍の中に警敵機の影絵作成との事だ 会議の末 画標があまりひどいので影絵の方は図案科にまかして絵画科は画標を手伝いに行く事に決定 早速行った 本当にひどいものを画いたもんだ 全体がばらばらで全々まとまりがなく意味も通ぜず絵画性もポスター性もない 中ぶらりんな所をさまよって居る これで今日一日で完成さすと云ふのだから全く無茶苦茶も甚だしい。 |
5月20日(木) | 時間割朝:八時 円町集合 勤労奉仕 昼:献納画制作 晩:我美 原稿作成 献納画〆切 |
5月20日 | 日記第二回勤労奉仕日 今日は研究科の生徒も来た……献納画作成に原稿も画かねばならん 急がしい…… |
5月21日(金) | 時間割朝:原稿完成 東山訪問 昼:我美 編集会議 晩:原稿第二作成 |
5月21日 | 日記「美 会員特集号」(ポートレートの表紙絵)のイラスト ……朝より原稿を完成 午後学校で編集会議だ…… |
5月23日(日) | 時間割朝:九時ヨリ 献納画制作登校 |
5月24日(月) | 時間割朝:十時ヨリ登校 献納画〆切 |
5月25日(火) | 時間割朝:九時ヨリ登校 編集会議 |
5月25日 | 日記・・・今日は献納画も出来、新美の編集も一応まとまり後は28日に写真をとるだけに進んだ。・・・ |
5月26日(水) | 時間割朝:授業日 十時半始 昼:教練/内藤氏訪問 吉岡湯田 晩:楽譜写し |
5月27日(木) | 時間割朝:楽譜写し 内藤氏宅 昼:-- 晩:-- |
5月28日(金) | 時間割朝:小林来宅 昼:我美編集 決定 一時ヨリ登校 |
5月29日 | 絵専、報国団国防部連合委員会。 |
5月30日 | 日記アッツ島日本軍全滅の報告 日本人たる俺の血をいやが上にもわきたたせたと同時に 芸術家としての俺の理想を疑問のどん底に落し込んだ 日本人たる俺に最高の感動を覚えたこの報道! 芸術より以上の感動をあたへるものが存在する! この感動をもって居る間我々は芸術を必要としない。否―この感動をもった目に対しては芸術はなんらうったへるものをもたない! 芸術はこれをこへた感動をもつことがゆるされないのだろうか! 芸術がもしかんたい期のたのしみをしてのみの存在ならば日本人としての我等すみやかに芸術をすてねばならぬ。 いやだ!芸術はなぐさめではないはずだ 芸術はもっと大きなものなのだ! だがこの感動の前には何らこれをこうていするものがない どの芸術作品をもちだしてもこの感動以上のものを俺にあたえてくれない 俺の今迄の生活はすべてうそだったのか? 芸術家は結局床の間の飾りか? |
5月 | 美工、勤労作業。関西配電依頼の節電ポスター制作。大丸百貨店前で展示。 |
6月1日 | 絵専、創立記念祭の歌、学生歌再募集。 |
6月1日 - 8日 | 丸物百貨店にて、前線慰問画展。絵専生1人小品2点出品。 |
6月2日 - 6日 | 絵専研究科第2回東京作品展(日本橋高島屋)。 |
6月1日(火) | 時間割晩:大野来宅 備考:献納画展開始 丸物ニテ |
6月2日(水) | 時間割朝:登校/美学 昼:我美カット作成/帰東山へ 備考:父母妹宅 墓参り |
6月3日(木) | 時間割朝:午前九時丗分 見学 烏丸錦集合 昼-- |
6月4日(金) | 時間割朝:今井訪問 |
6月5日(土) | 時間割朝:九時四十分 登校 山元元帥国築 昼:十三時--十五時 射撃 |
6月6日(日) | 時間割備考:献納画展終了 |
6月7日(月) | 時間割朝:帯十本仕上げ 晩:帰阪 |
6月8日(火) | 時間割備考:散髪 |
6月9日(水) | 時間割昼:0・三十分ヨリ 徴兵検査 |
6月10日 - | 絵専映研班、朝日会館にて「お琴と佐助」上映。 |
6月10日(木) | 時間割朝:六時ヨリ 徴兵検査 昼:-- 晩:帰京 |
6月11日(金) | 時間割昼:三時ヨリ登校 晩:井上宅 打合せ 演奏会 |
6月12日(土) | 時間割朝:九時ヨリ登校 音楽部 昼:一時ヨリ 銃剣道 晩:東山ニテデッサン 七時ヨリ十時マデ |
6月13日(日) | 時間割昼:水練会座談会 髙田氏宅 晩:デッサン |
6月14日(月) | 時間割晩:デッサン |
6月15日(火) | 時間割晩:デッサン |
6月17日 - 23日 | 絵専、饗庭野廠営訓練。 |
6月25日 | 学徒戦時動員体制確立要項決まる。 |
6月26日 | 絵専報国団第3回錬成日。 |
6月30日 | 高木富三、美工嘱託教員となる。 |
7月1日 | 創立記念式典。戦没者慰霊祭。文化部芸能大会、創立記念祭の歌発表会、校友会誌“美”復刊、遺作展。朝日会館にて文化講演会。講師 武者小路実篤。 |
7月4日 | 絵専、師団管下の大学高専射撃銃剣術大会出場。 |
7月5日 - 21日 | 絵専、通常授業休止、長期勤労奉仕作業。軍の兵器分解結合図製作。 |
7月6日 | 画用紙と兵器原図1枚、盗難事件起り、全学生夜11時まで校舎内に禁足。臨時教授会。 |
7月19日 | 安南、ハノイ美術学校長ら来校。 |
7月23日 | 日記日記帳をかかなくなってから早二ヶ月 ずいぶん永らく画かなかった様な気がする。……急がしかった此の二ヶ月 兵隊□番に 敵営に 勤労奉仕に 水泳にと 全く千年観音様でも悲鳴をあげそうないそがしさだ… |
7月29日 | 於福家 牟禮君送別(絵専R_自筆画) |
夏!!燦たる陽光を浴びて 嵐山東公園(絵専R_自筆画) | |
8月12日 | 美工校則改正、授業料区分改正。 |
8月12日 | 日記犬と自画像のイラスト …入営の日はおいおい近づいてくる。…… |
8月14日 | 日記近頃よく雷があばれる 昨日も敵にあばれて近所へもだいぶおちたとの事 今日もまた砂やごみをかもまぜててあらい月がなぐり込みをかけて来たのを出始めた・・・ |
8月16日 | 日記鬼が寝ているイラスト |
8月26日 - 28日 | aaa |
9月13日 | 絵専、教練射撃査閲、深草射撃場。 |
9月16日 | 絵専、教練査閲、山科―深草。 |
9月21日 | 絵専、能研班第1回謡曲大会。 |
9月22日 | 徴兵猶予制廃止。兵役年令に達した学生はすべて徴兵検査。 |
9月 | 絵専、八日市陸軍航空隊見学。 |
9月28日 | 絵専第34回卒業式、6ヶ月繰り上げ式後、壮行会。 |
9月28日 | 学徒動員のため、繰上げで絵専を卒業する。 |
9月29日 | 絵専、卒業生京都御所拝観。 |
10月 | 絵専、第2回大画標制作(南方民族)美工、山城海竜王寺方面で勤労作業。 |
10月30日 | 入隊歓送 於京都駅ニテ リーダー 井上政冨君 隣 今井靖彦君(R出征) |
11月 | 学徒動員で入営する ![]() ![]() |
11月1日 | 現役兵として独立守備歩兵第268大隊歩兵第38連隊第1大隊第3中隊中部第67部隊入営(奈良県奈良市)二等兵(見習士官中隊附) |
11月20日 | 同 隊出発 |
11月21日 | 博多港出発 釜山港上陸 |
11月21日 | 黄昏の釜山桟橋に立ちて 黄金の空ヲ真黒のマストで斜に切って 両側の世界を真黒なかもめが無数の線を引く どっしりと大きな感じの山々が夕日に 美しい朱色にぬり切られて重厚な曲線を以テ頂上に向けはひ上る島がすっかり大陸情だ ……もう大陸だよ。早いもんだ ボイラーが火を吹きエンジンが廻っただけで 今は遠い大陸に自分達はつっ立ってゐる 今目の前に横たはる鉄路は遠し 目的地佳木斯に迄続いて居るのだ(18.11.21) |
11月24日 | 鮮満国境(図們)通過 |
11月26日 | 満州の駐屯地三江省樺川縣佳木斯(現・中国黒龍江省佳木斯市)着 独立守備隊歩兵第24大隊満州第846部隊ニ転属 二等兵(高畑洋平大佐) 同日 第2中隊ニ編入 同日ヨリ同地附近ノ警備 |
12月13日 | 846部隊創立記念日 |
1944年 | 昭和19年21歳 |
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1月4日 | 第一回試験 |
1月5日 | 満州三江佳木斯ニテ 846部隊望月隊ニテ 集合写真 (R出征) |
1月20日 | 20日ヨリ22日迄 幹候採用試験 |
1月30日 | 於佳木斯 下村良之助、加藤良平、藤原班長殿、上原徹男、坂下光善(R出征) |
2月1日 | 846部隊長殿査閲 |
2月7日 | 幹部候補生採用者発表 一日 昭和十九年度(第一次)兵科 幹部候補生ヲ命ズ 同日付 陸軍一等兵ノ階級ヲ興フ(高畑洋平大佐) |
2月21日 | 於佳木斯 第846部隊 栗田吉雄候補生、鈴木義一候補生、小山清太郎上兵殿、小山哲夫□長殿、下村良之助候補生、田辺広兵長殿、吉田博光候補生(R出征) |
2月27日 | 於佳木斯(R出征) |
2月28日 | 第一期検閲 |
2月29日 | |
3月4日 | 蓮江口ニテ第7独立守備隊幹部候補生集合教育ノタメ佳木斯出発 同日 鶴立縣境通過 同日 鶴立縣蓮江口幹部候補生集合教育隊着 同日ヨリ同地附近ノ警備 |
蓮江口集合教育記念 集合写真(R出征) | |
於蓮江口 文体戦斗教練 土屋教官□下(R出征) | |
蓮江口教練中 土屋教官(R出征) | |
森本班長(R出征) | |
蓮江口集合教育 中央館野隊長 機関銃班・□大隊砲班(R出征) 武藤、大村、佐々木、山本、安□ 矢野常人 諏訪清 中西 森本班長 田辺兵長 細見兵長 坂下光善 池村武夫 鈴木義一 玉井勝 館野隊長 下村 渡辺忠考 加藤良平 井本 |
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3月10日 | 十日付 上等兵ニ進級(高畑洋平大佐) |
3月20日 | 教育隊第一次学科試験 |
4月1日 | 甲種幹部候補生ヲ命ズ |
4月24日 | 集合教育終了 |
4月25日 | 蓮江口出発 同日鶴立縣境通過 |
4月26日 | 満州の間島着 同日、延吉関東軍歩兵第二下士官幹部教育隊入隊(第11期甲幹候補生) |
満州間島予備士官学校入隊記念 中隊長:青木大尉 区隊長:名取中尉(R出征) | |
5月1日 | 満州第604部隊に入隊 |
5月1日 | 一日付 伍長ノ階級ヲ興ヘラル(高畑洋平大佐) |
5月 | 於間島(R出征) |
5月7日 | 満州第604部隊ニテ |
5月7日 | 日曜 間島省延吉 関東軍第二幹部教育隊(R出征) 高橋候補生 下村候補生 田中候補生 矢内候補生(R出征) |
5月8日 | 黄疸ニテ入室 |
5月13日 | 退室 練兵休 |
5月16日 | 軍令陸甲第55号ニ依リ独立守備歩兵第266大隊満州第846部隊ニ改称 |
5月21日 | (R出征) |
6月18日 | (R出征) |
7月 | (R出征) |
7月2日 | (R出征) |
7月2日 | “南方の山賊?” (R出征) |
戦友 石木田祐三君(R出征) | |
7月13日 | 戦友 井上候補生(R出征) |
7月16日 | (R出征) |
部隊歌発表会 第604部隊 ―関東軍々楽隊―(R出征) | |
第二次野営演習 於 満州間島有龍井(R出征) | |
8月1日 | 一日付 軍曹ノ階級ニ進ム |
10月1日 | (R出征) |
ちょっと憂鬱な深刻ぶった顔なり 英一(R出征) | |
すまして見たがどうも軍人らしくないね!!良公よ、さらば 朔郎(R出征) | |
北満ノ猛者 野口克彦 Noguchi(R出征) | |
医務室ノ嫌ひな男 中山□治(R出征) | |
海拉爾(ハイラル)ニ向ツテ前進ノ前夜 山口敬(R出征) | |
練兵□□□(R出征) | |
剣術ノ嫌ナ男 銃剣術ノ好敵イザ!!本村候補生(R出征) | |
11月19日 | ―同寝室ノ勇士達―(R出征) |
12月15日 | 満州第604部隊卒業 同日 曹長ノ階級ニ進ム(高畑洋平大佐) 同日 見習士官ヲ命ズ |
12月20日 | 13時45分 間島駅発 |
12月21日 | 佳木斯(現・中国黒龍江省佳木斯市)到着 853部隊宿泊給養 |
12月28日 | 佳木斯出発 満州の富錦着775部隊 |
12月29日 | 775部隊出発 五頂山846連隊 15日付 士官勤務ヲ命ズ(高畑洋平大佐) 第三中隊(北村隊)付ヲ命ズ |
1945年 | 昭和20年22歳 |
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1月12日 | 十日付 独立守備歩兵第268大隊満州第338部隊ニ転属ヲ命ズ(第二中隊(山岸隊)付ヲ命ズ) 12日到着(338) |
1月14日 | 幹候集合教育参加ノ為富錦(現・中国黒龍江省佳木斯市富錦市)出発 満州の佳木斯(現・中国黒龍江省佳木斯市)853到着 |
1月17日 | 集合教育解散 富錦(現・中国黒龍江省佳木斯市富錦市)へ帰隊 |
1月20日 | 歩兵第140連隊満州3909部隊ニ転属ヲ命ズ |
1月21日 | 富錦(現・中国黒龍江省佳木斯市富錦市)出発 140連隊到着 第一MG中隊(福岡隊)ニ編入 |
1月22日 | 第二小隊長命下サル(青木政尚大佐) |
1月26日 | 18.10時 満州の佳木斯(現・中国黒龍江省佳木斯市)出発 |
1月31日 | 時 釜山着 釜山集結 |
2月7日 | 時 釜山出港 |
2月8日 | 2.00時門司港着 |
2月10日 | 12.00時門司港出港 |
2月19日 | 基陸(台湾)上陸 |
2月22日 | 嘉義市(台湾)着 |
2月 | 歩兵第140連隊台湾命13299部隊 小隊長(青木政尚大佐) |
4月8日消印 | 大阪府豊中市櫻塚本通四丁目七一 湯田寛大兄 台湾命一三二九九部隊福岡隊 下村見習士官 相変らず士気旺盛、大いに奮斗して居る. いよいよ活躍の日も間近 準備萬遺憾無しだ! 先日もためし切りに家鴨を美事唐竹割 とにかく天を突く張切り振り. 兄も元気の事と思ふ とにかく防空壕だけは完璧にしてくれ その内に胸のすくような音楽入りの報道を聞かせるよ. いよいよ近迫して来たが兄も元気でやってくれ. 知合いの諸兄諸先輩によろしく 便りは航空郵便でたのむ. では又、 祈御健在. 失敬. |
8月15日 | 終戦 歩兵第140連隊第一機関銃中隊陸軍少尉 下村良之助 |
8月20日 | 陸軍少尉ヲ命ズ(竹内主計陸軍中佐)(隊長陸軍大尉 福岡外治) 同日附予備役編入 |
我が青春は北満州と台湾に―山下重雄 下村さんとの出会いは太平洋戦争が終末に近い昭和19年の11月頃と思います。 私が10月に北満州のソビエトの国境に近い、佳木斯(チャムス)市に駐屯する部隊に転属になった時です。 下村さんは一年先輩の見習士官でした。 一兵卒と士官とでは当時としては天と地ぐらいの差がありましたので、下村さんと認識していただけで軽々しくお話などしたことはありませんでした。 酷寒零下40度の北満州での訓練に次ぐ訓練も、昭和20年の正月を過ぎた1月中旬頃に部隊に動員令が下り、一部の残留者を残して移動することになりました。 行先は私達一兵卒には不明でしたが、噂話では南方らしいということでした。 軍装は冬の衣服そのままで、朝鮮を経由して釜山港より輸送船に乗船して九州の門司港に一泊して、一路行先も告げられないまま門司港を出発した時に行先が告げられました。 部隊の行先は台湾であるとのことでしたが、満州での防寒衣服のまま暑い南の台湾に行ってどうするのかと不安でした。 沖縄港にさしかかった頃に海上で2月11日紀元節を迎えました。 その頃より敵潜水艦が出没するので輸送船は白昼のみ航海して夜は中国大陸沿岸の島影に休むという毎日でしたが、台湾の基隆(キールン)港に入ったのは2月の末ではなかったかと記憶しています。 台風の風影が間近になった時、突然米軍の飛行機一機が来襲して爆弾を数箇落としましたが、幸いにして命中されずホッと胸を撫でおろしましたが、下村さんは機関銃隊の小隊長でしたので敵機に対して「撃て!」の命令を下し機関銃はいっせいに火を吐きましたが、機関銃の弾など命中しても墜落するような敵機ではなく、悠々と雲中に消えました。 台湾での任務は専ら鉄橋と製糖会社の警備でした。 雲霞のごとく来襲する敵機に為すべくもなく、蹂躙にまかせるのみでした。 8月20日の終戦をむかえて部隊は治安維持のため、昨年秋の台湾大震災の震源地の台中の埔里(プーリー)市に臨時憲兵として配転しました。 間もなく中国本国より蒋介石軍が進駐することになりました。 日本軍の戦陣訓に「生きて虜囚の恥めを受けてはならない」とありまして、蒋介石軍が進駐したら部隊は捕虜となるのは当然でした。血気盛んな下村青年士官は中隊長に死を震源したが、「死を選ぶのは簡単だが、残された部下はどうするのか」と諫められて死を思いとどまられたと後日うかがっております。 「汝の敵を愛せ」、蒋介石の恩情により台湾軍は鉄條網の中での捕虜生活は一切なく、3月上旬に無事故国の土を踏むことができました。 以上50数年前の記憶を辿りながら記しました。 (元陸軍佳木斯第八十四分部隊) |
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紅画廊懐想―松永ユリ そもそも、下村先生との出会いは、半世紀以上も前に遡ります。 戦争も終盤を迎えた頃、私は台湾の新高山山麓にある製薬会社の宿舎に疎開していました。宿舎の裏の窪地には、秋田部隊という軍隊が駐屯しており、会社の倶楽部は軍に開放されていました。 午後の陽ざしの中を馬のひづめを「かつかつ」と響かせながらコカ畑の坂道を登ってくる青年将校の姿がありました。秋田部隊には見かけない凛々しい若い将校さんでした。この人こそ若き日の下村先生だったのです。近くの部隊の小隊長をしておられ、秋田部隊長を訪ねて来られたのでした。後で聞けば、京都の絵画専門学校出身とのこと。私も一時期、京都の長岡の女子美術学校で学んでいたことがありましたので話が弾みました。以来時折、倶楽部へ来られ、ビリヤードなどに興じておられました。 私が、主宰しておりました舞踊団が兵隊さんの慰問をすることになり、下村先生が、戦時中には考えられないような野外舞台を組み立ててくださり、無事、会を終え、お陰で大成功を収めることができました。また、私がマラリヤで42度の高熱で寝ている時、マンゴーを丸籠一杯お見舞いに持ってきて下さり、今となっては遠い思い出になりました。 日本に引き揚げた後、先生のご両親が訪ねて来られました。台湾時代にお付き合いしていた女性と私を間違えてのことでした。その責任の強さに感心いたしました。十年程も経ち、私の数年来の夢であった画廊を開きたく下村先生にご相談をしたところ、上野照夫先生をご紹介いただきました。その折り「紅画廊」という名前を付けていただき、「紅画廊」という字も上野先生が左手で書いて下さいました。 昭和39年7月12日、現代美術作家の発表の場としての画廊を開くこととなり、「祇園に前衛画廊出現」と各新聞に取り上げられました。 開廊記念展は、国画会会員須田剋太(絵画)、続いて辻晉堂(彫刻)、安田謙、古田安、真野岩夫(絵画)、来野月乙、佐野猛夫(染色)、下村良之介(絵画)、八木一夫(陶芸)、各先生方の順でスタートしました。 手元にあるその当時のアルバムには下村先生の展覧会の案内状と新聞記事が貼ってあります。「テコでも動かぬ根性の持ち主で堂々とかっぽしている画家、京都美術界のサムライである」などと書かれてあります。そのポートレートは若々しく京都美術界のサムライ足るに相応しい風貌です。 現代美術の華々しいときめきを感じる時代でした。 私の人生において一時代を画すことが出来たのは、下村先生との出会いがあったからこそです。心より感謝いたします。 (ギャラリー紅) |
1946年 | 昭和21年23歳 |
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2月26日 | □□発 01.35 |
2月26日 | 基陸着 |
3月1日 | 基陸発 13.30 |
3月6日 | 宇品上陸 13.00 |
3月8日 | 復員 京都市左京区岡崎円勝寺町91番地 |
3月8日 | 日記帰った! 二年半の軍隊生活を終って俺は帰った。 戦争終曲より終戦迄の二年半。 幾多戦友は戦死した。都会は焼けた。 □□遂に敗れた。そして俺は帰った。 生きて再び踏まぬとちかったプラットホム、再び見る事も無いと思った父母の前に帰った。 街も市電も東山の樹々も皆二年前と同じだ。総てが夢の様な気がする。しかし総てが事実だ。 現に家が焼けた。あんなに愛した絵の道具が灰になった。そして祖国日本は四等国になった。 |
4月25日 | 日記しず心無く花は散り… …かすみにつつまれた春の甘さは、ほろにがい後口を残して過ぎ去った 常夏の台湾より帰還して早春の内地へ……。二年振りの櫻花に雑念を咲かせ吹く風に早々共にすっかり散らし切って後に残ったこの「矢張り俺は絵描きになる男」…三年前の結論にもどって白い紙をよごして居る今日近頃 一ヵ月半も早過ぎて出来た作品「自画像」一つ。 新円になっての生活苦 働けと云はれても金もうけの術知らぬ馬鹿男 馬鹿だけに余計に親に可愛がられ 気ままそだちのがんこさに 三年振の我が家にも不足かあって戻を割り 四杯五杯も平気で出す居候者― 所は洛東高台寺よ鳥さへずる 丸山の玄関わきの六畳が当分の間 トヤであり未来の画伯の御アトリエ 絵具カンパス画架、机、書籍、額ぶち 服、着物、所せましと並べたて 正月以来のボウボウ頭 親の病気もほりだして画く作品がシミだらけ 男一生棒にふり芸術の神に奉仕する げに物ずきな馬鹿男・・・ |
4月26日 | 日記美専校入学発表日十時過登板 賢よりたのまれた○○君見事落選 直に帰宅 何となぐさめてよいのやら・・・ 父来る いたいたしやせおとろへし父 我なぐさめよろこばす術を知らず 父母に対し申し訳なし 然し今の俺は孝心より我ままの方が大なのかー 父母を思ふとき心無し心苦し。 |
4月30日 | 日記不快なる家庭なり 一家ことごとく和解せず 早朝よりもめる 朝より気分悪し 又マラリヤの感あり 肩肉ヨリ頭痛み節々痛む・・・ |
5月1日 | 日記…外は雨 昨日のマラリヤの余波で未だ… |
5月3日(金) | 日記・・・後叔父と共に畠を作る ねぎを植へ大根をうつし落花生をうえかへた |
5月6日 | 日記此の食糧難時代にー 今年の□出来如何に依って日本人が死するかどうかと云はれて居る時に・・・ 午后ヤサカ劇場ニ映画「リンカーン」を見る 大して面白くなし・・・ |
5月10日 | 日記正午駅に行く 安子と共に登校 戸井より油絵具の配給を受く 市展を見る 全々問題にたらず こんな展覧会ならせん方がまし 正に無茶苦茶だ 帰り突然大野に会ふ。 昨日帰還したとの事。 だらくし切った市展を見た後に突然大野の帰還にて意を強くするものだあ この展覧会に内容をあたへるものこそ我等だあ 大野の知人に木下好三君が居たのは驚いた あまりの廻り会はせん□々驚くばかり だきあって喜ぶ 共に語りて東山線を歩く |
5月11日(土) | 日記野中准尉より帰還の報あり 彼とは台湾在留期間 種々行動を共にし 互に出鱈目をやり愉快なコンビで印象を残した 早速返事をした…… |
5月12日(日) | 日記朝より「街路樹の風景」制作…… |
5月15日 | 日記今日は父さんの誕生日 復員の登録に区役所に行く途中に思い出し御祝に鯛の一匹でもと思ったが何分の食糧事情、結局手ぶらで赤飯を食ひに吉田へ… |
5月17日 | 日記又々マラリア再発 肩がこり切って頭重く 今は全然意欲をも失した・・・ 「メタポリン」「ムルチン」注射 |
5月18日(土) | 日記八時半起床やや気分良し 戦災登録の為づきづきする頭を支へて区役所へ 雨の中をなるべく下駄のショウ動をさける様に歩くのも骨がおれる 登録後学校へ 戸井氏に会ふ 城氏来る。 共に市展を見落選画室で語る 得資金引出し、膠購入・・・ |
5月19日(日) | 日記イチゴクリーム、ミルク、ケーキ等値だけは目の飛び出る程高いばかりで不美味事・・・ |
5月20日(月) | 日記吉田に至り父母の許にて共に遊ぶ 進駐軍兵「ジョージー」来る 遊び遊び遂に一時半・・・ |
5月28日 | 日記手術 眼の横のたんこぶを切りとる・・・ |
6月5日(水) | 日記朝八時大野訪問 夢を破られ共に大丸へ 十日会展を見る 小さい園の中の別の世界にたのしんで居る感じ 生のものが感じられない 面白くない展覧会 ・(日記)6月7日(金曜日) ・・・「これら」の注射に学校へ行き・・・ ・(日記)6月8日(土曜日) ・・・午后今井大野、岡本母来る 岡本先に帰り今井大野と共に語る 青焱もいよいよその団結を強固に益々充実すべきだ 先ず手始めに木版集を作ることにした・・・ |
6月9日 | 日記大野帰還以来始の湯田今井大野計四名の会合の日・・・ |
6月10日 | 日記早朝より村木駿野の訪問を受け 起てさる 演劇どん底のポスターを依頼さる・・・ |
6月16日(日) | 日記朝より湯田、四方、来。 昼前湯田と共に竜安寺高尾氏宅へ向う途中今井宅へよるも不在にて先に行くから梅雨だった… 一時過より高尾氏宅に行き コレクションを見る 戸井、大の、今井、湯田、原の面々 モデリアニに感心す 予想して居たよりはるかに重量のある作品なり 須田国太郎の作品等と並べるに日本人の絵は仕事ばかり目立って本当の力が不足してるの感ますます強とす 大人と小児の絵なり 数段の差なり 大地より生れた人間の絵こそ真の芸術なり…… |
6月18日(火) | 日記昼前より登校 制作室を造る カリバリ倉庫を清掃し、俺と大野の制作室にする。三時過大野来る。 『小便さん』制作開始 感じよい空なり 矢張り学校でやると感じが出る。 久々に絵専時代を思ひ起したのしく制作す 最近家の雰囲気も面白くなし 父母の方にて暮したけれども姉の為更に面白くなし さりとて独立し生活する力も無し 学校に居る間を一日の最も楽みの時間とす 父母より家の事につき電話あり。 |
6月21日 | 日記・・・帰還した牟礼に会ひ共にアン密を食ひ語る Sは病気との事・・・ |
6月23日(日) | 日記…午後次さんの復員で牟礼氏と共に来る。 三年振に見る次さん すっかりやせて昔の面影も無し…… |
6月24日 | 日記……六時過迄進駐軍の就職の為 寺田と大野と共に福岡氏を訪問 就職する事に決心す。 |
6月29日(土) | 日記…共に財布の底をはたきココアをのみケーキをかじる パリーの青年画家の喜びがかくやと思はれる…… |
6月30日 | 日記……いよいよ明日より展覧会をひかへ 研究科の作品もようやく出そろふ…… |
7月1日 - 3日 | 美専学生作品展。 |
7月1日 | 日記・・・展覧会第一は一通り廻る 後大野来る プリント発行につき相談す 学校より持ちかへったタカの骨格を写生す |
7月2日 | 日記青焱なぐさみ 小冊子 ムクドリ を作成す 手製のガリバンで自ら刻み自らすり自ら創るたのしい本が出来た |
7月3日 | 日記校友会批評会 校長、黒田重太郎、 三宅鳳白、上村松篁、池田遙邨、前田荻邨等々御歴々を始め研究生、本科性等々、居並び盛大に行ふ 結局校長の希望いや聞けるものありたるだけ 午后は人いきれで暑いのと活気が無くて面白くないのとばかり・・・ |
7月4日 | 日記腹がへる、息苦しい、寝られない、本を読む、煙草をふかす、文字通り七転八倒と苦労で遂に睡眠する事が出来ず 一番鶏と共に夜が明けた □配の折から朝食は昨日よりおじや 昼食ぬきで夜は盛り切り飯ときては、空腹を超越しようにも腹の虫がおわまらん その上朝から畠仕事、睡眠は不足、原因の上に原因が重なって、午前中の畠仕事の重労働で、完全にのっくあふと 十一時の時計の音にやっと文句をつけて学校へにげのびる・・・ |
7月5日 | 日記校友会最終日 朝より登校、カットを作成す 中井よりプレゼントのドーナツをかじり、昼の餓をしのぎ、五時過帰宅 夕食后吉岡へカットを持って行く 又けんかだ 母姉は此の世にけんかと腹を妾に生れて来たようなもの・・・ |
7月6日 | 日記朝より母来り柏原氏宅へピカソ等作品拝見方依頼に行く 后登校、校友会作品批評会あり 三宅池田上村前田松本等々御出席、 未だ俺の絵がぴんと来てない研究生が居る事を発見して驚いた・・・ 池田、前田両先輩は絶対賛合 后はあいまいだ 茶をにごす かと云って適確な批評も下さない。 五年振りくらいで美工時代の愉快なる教師片山氏と碁を争はして帰る。 |
8月13日 | 日記叔母の弟清氏のニュギニヤ戦死告別式 朝より叔父叔母大阪行にて上田と留守居を承る・・・ |
10月1日 | 京都府立宮津高等女学校教諭となる。京都府与謝郡宮津町波路戒岩寺に下宿。 |
1947年 | 昭和22年24歳 |
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1948年 | 昭和23年25歳 |
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2月4日 | 三谷志津ゑと結婚 |
4月 | 京都市立上京中学校(京都市上京区中立売室町)教諭に転任 |
京都市左京区吉田本町5番地に住む。 | |
10月 | 星野真吾の推薦により、大野秀隆とともにパンリアルに参加。 |
1949年 | 昭和24年26歳 |
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3月27日 | (アルバム上中パンリアル) |
5月14日 - 19日 | (第1回)パンリアル展 藤井大丸4階催場(京都) 《祭》《作品》《デッサン》 |
5月14日 - 19日 | 第二回パンリアル展 京都フジイ大丸(アルバム上中パンリアル) ・会場風景・“まつり”・パンリアル慰労会 |
9月20日 | 長女・雅美が生れる。 |
10月20日 | 山崎宅 |
11月2日 | ソヴィエトより 今井君引揚(アルバム上中パンリアル) ・京都駅にて・今井宅 夫婦ケ池畔にて |
11月22日 | (アルバム上中パンリアル) |
11月23日 - 29日 | (第2回)パンリアル展 天王寺美術館(大阪) 《祭》《憩う人》《火葬A》《火葬B》《木》《習作》《疎開跡》《少女》《デッサン》《朝を呼ぶ鶏》 |
パンリアル 大阪美術館 出品作品集(アルバム上中パンリアル) ・散乱たる会場風景・“少女”・“火□A”・“憩ふ人” |
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11月23日 | 天王寺美術館にて(アルバム上中パンリアル) |
12月10日 - 15日 | (第3回)パンリアル展 四條藤井大丸4階催場(京都) 《憩う人》《火葬A》《火葬B》《木》または《朝を呼ぶ鶏》《デッサン》 |
1950年 | 昭和25年27歳 |
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6月18日 - 22日 | (第4回)パンリアル展 四條藤井大丸(京都) 《祭》《くるみ》 |
6月18日 - 22日 | パンリアル4回展 於 フジイ大丸(アルバム上中パンリアル) ・“くるみ”・“祭” |
6月22日 | パンリアル4回展 (アルバム上中パンリアル) ・最終日会場 |
11月2日 | 文化祭 人形劇一行と共に (アルバム上中パンリアル) ・11月3日 展覧会場・11月3日 上京中学文化祭・音痴楽団の熱演ぶり・売店のリンゴおやぢ達 |
11月8日 - 13日 | (第5回)パンリアル展 天王寺美術館(大阪) |
11月25日 - 30日 | (第5回)パンリアル展 四條藤井大丸4F画廊(京都) 《作品》《祭》《くるみ》 |
1951年 | 昭和26年28歳 |
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5月26日 - 31日 | (第6回)パンリアル展 京都四條藤井大丸(京都) 《かなしみ》《よろこび》《いけにえ》《水泳場》 |
11月23日 - 12月1日 | (第7回)パンリアル展 天王寺美術館(大阪) |
12月8日 - 13日 | (第7回)パンリアル展 四條藤井大丸(京都) 《夜の曲》《海》《かなしみ》《よろこび》《水泳場》《静物》《小品A》《小品B》《小品C》《小品D》《小品E》 |
1952年 | 昭和27年29歳 |
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5月17日 - 22日 | (第8回)パンリアル展 四條藤井大丸4F催場(京都) 《時計》《朝A》 |
8月 | 次女・直美誕生 |
8月7日 - 10日 | 丹後府中 海洋訓練(アルバム1952~) ・8月9日 府中桟橋にて・8月9日 府中海水浴場にて |
8月27日 | 夏休みで遊びに来た湯田君と玄関で |
8月29日 | 病気静養で福井へ帰郷の三上君を送って―京都駅前― |
11月28日 - 12月7日 | (第9回)パンリアル展 天王寺美術館(大阪) 《朝A》《朝B》《朝C》《白い夜》《白い夜》《白い夜》《静物A》《静物B》《静物C》《作品A》《作品B》《作品C》 |
11月28日―12月7日 | 於 大阪天王寺美術館 ・パンリアル大阪展搬入 トラックの中では酒の飲みにくいもの也 |
1953年 | 昭和28年30歳 |
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12月3日 - 7日 | (第10回)パンリアル展 岡崎美術館(京都) 《静物》《月》ほか。 |
1954年 | 昭和29年31歳 |
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7月3日 - 4日 | パンリアル祝賀会(アルバム1953~) ・パンリアル11回展を祝ってびわ湖畔でのどんちゃんさはぎ…。 ・7月4日 “湖上撮影会”モーターボートにて |
7月22日 - 26日 | (第11回)パンリアル展 天王寺美術館(大阪) |
7月22日 - 26日 | 於 大阪天王寺美術館 第11回パンリアル展 ・無事に搬入も終って |
10月2日 | 上野氏を囲む前祝会 於 大江山 |
10月29日 | 学校よりの遠足“大阪行き” |
11月28日 - 12月5日 | (第12回)パンリアル展 岡崎美術館(京都) 《人々》《月》 |
11月28 - 12月5日 | 第12回パンリアル展 ・11月27日 第12回パンリアル展 搬入の日 於 京都 岡崎美術館 ・『月』第12回パンリアル展 ・11月28日 パンリアル会場にて ・11月30日 12回展合評会 進々堂 ・11月30日 合評会第二次会“静”にて ・12月5日 搬出の日に |
12月24日 | のんで廻ったクリスマスイブ ビヤホール ミュヘンにて |
1955年 | 昭和30年32歳 |
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6月14日 - 19日 | 第2回朝日新人展 京都四条高島屋5階催場(京都) 《昼》 |
6月14日 - 19日 | 第二回“朝日新人展”於 京都四条高島屋(アルバム上中パンリアル) ・6月19日 |
7月14日 - 15日 | パンリアル会合(アルバム上中パンリアル) ・10月東京展をひかえて打合せと前祝いをかねて、“ヌード撮影”に“一杯会”にたのしく過ごした二日間… ・ヌード撮影会 別所法明院にて ・ゲストの上野先生を囲んで ・上野照夫先生 |
10月30日 - 11月3日 | 東京第1回パンリアル展 銀座西ナビス画廊(東京) 《地面》《とり》《月》 |
10月30日 - 11月3日 | パンリアル第一回東京展 於 ナビス画廊 銀座一丁目(アルバム上中パンリアル) ・京都新聞の藤田君と ・とても小さな会場ではあったが第一回の東京進出としてはまづまづ成功というところ……。なかなかの好評。 ・“地面”の前で・庫田叕と・加山又造君が来て…。・千地氏と・庫田氏・会場風景 ・宿舎“両羽会館”では毎朝かくの如く……。 ・10月31日 傳通院“千姫の墓”朝の散歩のついでに ・11月3日 銀座漫歩? |
11月30日 - 12月4日 | (第13回)パンリアル展 岡崎美術館(京都) |
1956年 | 昭和31年33歳 |
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1月10日 - 22日 | 第7回選抜秀作美術展 日本橋三越(東京) 《地面》 |
2月14日 - 19日 | 1956. 第8回京都美術懇話会展 京都大丸6F(京都) 《並ぶ》 |
4月9日 - 15日 | 第2回京都アンデパンダン展 岡崎美術館(京都) 《垣》 |
5月3日 | 白沙村荘にて 懇話会(アルバム1956) ・会場風景・梶原緋沙子氏・野崎一良氏 番匠宇司氏・上野氏 小牧氏・西山氏 麻田氏 福田氏 金島氏・小野竹喬氏 河本敦夫氏・福田平八郎氏 金島桂華氏・猪原大華氏・澤宏靭氏 山口華楊氏・要樹平氏・小牧源太郎氏・澤氏 松崎八笑亭氏 “飛入りの余興も盛ん・・・”・麻田辨次氏 西山氏 野崎氏・上野氏 河本氏 龍村謙氏・梶喜一氏 山口氏 澤氏 三谷十糸子氏・奥村厚一氏 西山英雄氏 堂本阿岐羅氏 ・“例によって二次会三次会・・・?” ・奥村厚一氏 “かくて今や宴もさかりなり?” ・岡本庄三氏 上野照夫氏 |
5月14日 - 22日 | 第1回グループ連合展 大阪市立美術館(大阪) 《沼》《れつ》《作品》 |
5月15日 | 上野朝山両先生とグループ連合 |
6月16日 - 22日 | 第3回朝日新人展 京都四条高島屋5階催場(京都) 《群れ》 |
8月24日 - 28日 | 双線美術展 京都府ギャラリー(京都) |
11月23日 - 29日 | (第14回)パンリアル展(第1回新人グループ展) 京都市美術館中央大陳列室(京都) 《過程》《列》《争い》《時》《沼》《群れ》《白い鳥》《とぶ》 |
1957年 | 昭和32年34歳 |
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2月9日 - 14日 | 東京第2回パンリアル展 村松画廊(東京) 《沼A》《沼B》《白い鳥》《とり》 |
2月19日 - 24日 | 第9回京都美術懇話会展 京都大丸(京都) 《沼》 |
3月13日 - 19日 | 京都アンデパンダン展 京都市美術館(京都) 《飛翔》《足の長い鳥》 |
5月3日 | (アルバム1956) |
5月23日 - 31日 | 第2回1957年度グループ連合展 大阪市立美術館(大阪) 《作品》 |
11月23日 - 27日 | (第15回)パンリアル展 岡崎美術館2階北(京都) 《沼B》《沼C》《飛翔》《足の長い鳥A》《足の長い鳥B》《動》《翼》《切ル》《池畔》《暮》《水と鳥》《水辺》《赤》《青》《黒》《白》 |
1958年 | 昭和33年35歳 |
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1月 - | 常設 三角堂画廊(京都) |
2月11日 - 16日 | 第10回京都美術懇話会展 大丸京都店7階催場(京都) 《とり》 |
2月11日 - 16日 | 京都アンデパンダン展 京都市美術館(京都) 《とり》《鳥》 |
6月 - | 第3回俊鋭クレパス画展 7.29-8.3 大阪なんば高島屋3Fホール(大阪)8.9-13長野市東町・林文具会館(長野)/8.23-28 京都丸物駅前5F画廊(京都)/9.6-11神戸三越元町7F催場(兵庫)/他全国20カ所巡回 《鳥》 |
11月17日 - 25日 | (第16回)パンリアル展 岡崎美術館中央大陳列室(京都) 《巣A》《巣B》《騒》《狐》《貌》《たつ》《足の長い鳥》《みる》《さす》《よう》 |
12月4日 - 1959年2月8日 |
ピッツバーグ国際現代絵画彫刻展 カーネギー美術館(アメリカ) 《沼A》《沼B》 |
1959年 | 昭和34年36歳 |
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2月10日 - 14日 | 第1回個展 フォルム画廊(東京) 《争》《仰》《貌》《狐》《騒》《視》《翼》《鷺》《並》《呼》《陽》《叢》《空》《昔》《様》《立》《像》《戯》他小品など。 |
2月10日 - 15日 | 第11回京都美術懇話会展 大丸(京都) 《象》 |
3月12日 - 16日 | パンリアル作品展[試作展・春季展]京都府ギャラリー(京都) 《争》《仏》《佗》《韻》《汀》《仰》《耀》 |
5月18日 - 23日 | 第2回個展 フォルム画廊(大阪) 《飛》《羽》《耀》《辺》《戯》《佗》《趐》《韻》《印》《翔》《翼》《園》《囀》《直》《律》《視》《紋》《壁》他小品など。 |
10月6日 | 中南米巡回日本現代絵画展 国内展示 東京国立博物館(東京) |
10月 - | 中南米巡回日本現代絵画展(-翌年まで)メキシコ、アルゼンチン、ブラジル(1960.5.26-6.26 リオ近代美術館)、ベネズエラ、コロンビア、エルサルバドール、メキシコ、ペルー(1960.9.1-15 現代美術院)等巡回 《沼B》など2点 |
11月23日 - 29日 | (第17回)パンリアル展 岡崎美術館2F北側(京都) 《畔》《漾(第一回個展出品作《様》を改題》《交》《充》《想》《音》《淀》《燿》《園》《羽》《翔》《想》 《飛》《空》《漣》 |
11月 - | 現代日本の美術と工芸―かける月、昇る太陽― ヒューストン美術館(アメリカ) 《飛ぶ》 |
1960年 | 昭和35年37歳 |
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2月2日 - 7日 | 第3回個展 日本橋白木屋(東京) 《嘯》《湘》《燿》《充》《想》《羽》《翔》《交》《音》《飛》《畔》《遠》《装》《契》《瑞》《涯》《呵》《漾》《拈》《景》 |
2月2日 - 7日 | 第12回京都美術懇話会 大丸(京都)) 《吃》 |
2月19日 - 24日 | 第3回パンリアル東京展 銀座松屋6F画廊(東京)) 《直》《旋》 |
2月26日 - 3月27日 | 日本画の新世代 国立近代美術館(東京)) 《瀟》《湘》《瑞》《吃》 |
3月12日 - 16日 | 第2回パンリアル試作展(春季展) 京都府ギャラリー(京都)) 《矢のサインA》《矢のサインB》《矢のサインC》《矢のサインD》《矢のサインE》《矢のサインF》《矢のサインG》《矢のサインH》《矢のサインI》《矢のサインJ》《矢のサインK》《矢のサインL》 |
4月24日 - 30日 | 京都アンデパンダン展 京都市美術館(京都)) 《鳥》 |
7月11日 - 16日 | 第1回白牙会展 関西画廊(大阪) |
7月13日 - 19日 | 第2回みづゑ賞選抜作家展 銀座松屋6階(東京)) 《飛翔》 |
8月2日 - 7日 | 第2回朱青会日本画展 日本橋白木屋5F画廊(東京) |
8月12日 - 17日 | 第4回次元会展 銀座松屋画廊6F(東京)) 《帛》 |
10月20日 - 25日 | 近代日本画名作展 長崎浜屋デパート、十八銀行主催 |
10月25日 - 30日 | (第18回)パンリアル展 岡崎美術館2F北側(京都)) 《阜》《有》《遠》《箔》《帛》《尋》《昶》《吃》《茎》《直》《涇》 |
11月15日 - 19日 | 第1回新梢会展 銀座平山堂(東京) |
12月19日 - 20日 | 歳末同情週間のための寄贈書画工芸作品即売会 大阪なんば高島屋7F特設会場(大阪) |
1961年 | 昭和36年38歳 |
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1月5日 - 15日 | 第12回選抜秀作美術展 日本橋三越7F(東京) 《蕭》 |
1月15日 - 22日 | 第7回さんけい展 さんけい画廊(京都) 《允》 |
2月7日 - 12日 | 第13回京都美術懇話会展 大丸(京都) 《折》 |
2月11日 - 16日 | 京都ベスト3展 藤井大丸文化ホール(京都) 《糾》 |
3月9日 - 13日 | パンリアル試作展(春季展) 京都府ギャラリー(京都) 《度》《黎》《爾》《子》《容》 |
4月 | 京都市立岡崎中学校教諭となる |
5月5日 - 17日 | 黒流会小品展 大丸東京店4F美術品売場(東京) |
5月10日 - 30日 | 第6回日本国際美術展 東京都美術館(東京)/6.9-21 大阪そごう百貨店(大阪)/7月中 高松市美術館(香川)/9.8-20 名古屋中村オリエンタル(愛知)/9.26-10.10 八幡市美術工芸館(福岡)/10.15-29 佐世保場所未定(長崎)/11.3-8 大丸百貨店(福岡)/11.14-28 宇部渡辺記念館(山口)/8月 交渉中(広島)巡回 《翔翔》 |
6月20日 - 25日 | 第3回朱青会日本画展 日本橋白木屋5F画廊(東京) |
8月7日 - 12日 | 第2回白牙会展 関西画廊(大阪) |
8月18日 - 23日 | 第4回個展(精鋭作家シリーズ第8回) 大丸東京店4F美術画廊(東京) 《黎》《吁》など もしくは、《弦》《旺》《浩》《硫》《吁》 |
9月6日 - 9日 | ミニチュア真珠会展 春風洞画廊(東京) |
10月1日 - 22日 | 京都の日本画―戦後16年の歩み 京都市美術館(京都) 《切ル》 |
11月21日 - 29日 | 丸善石油美術奨励賞第一回選抜展 高島屋7F会場(大阪)/1962.1.30-2.4日本橋高島屋8Fギャラリー(東京) 《張》《浩》 |
11月28日 - 12月3日 | (第19回)パンリアル展 岡崎美術館(京都) 《鮮》《玖》《陌》《勒》《什》《逸》《拈》《汎》《離》《亜》《婁》《況》《斗》《佔》《仁》《師》《頻》《旨》《朶》《慧》(センキュウヒャクロクジュウイチネンパンリアルニシュッピンシタエ) |
1962年 | 昭和37年39歳 |
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1月5日 - 14日 | 第13回選抜秀作美術展 日本橋三越7F(東京) 《曜》 |
2月6日 - 11日 | 第14回京都美術懇話会展 大丸(京都) |
2月12日 - 16日 | 第4回パンリアル東京展 銀座竹川画廊(東京) 《旅》 |
2月12日 - 21日 | 第5回個展 近代画廊(大阪) |
2月13日 - 25日 | 戦後絵画の展望展 日本橋三越(東京) 《張》 |
2月27日 - 3月4日 | 第6回毎日選抜美術展 大丸6F催場(京都) 《張》 |
3月1日 - 7日 | 関西新鋭7人展 北鋭会第1回展 北画廊(大阪) |
3月8日 - 12日 | パンリアル春季展 京都府ギャラリー(京都) 《旅》《呉》《建》 |
4月6日 - 19日 | 第1回現代美術京都秀作展 京都市美術館(京都) 《汎》 |
5月9日 - 30日 | 第5回現代日本美術展 東京都美術館(東京)/6.11-20十合百貨店(大阪)/6.27-7.22高松市美術館(香川)/8.25-9.23八幡市美術工芸館(福岡)/10.1-15県立短大佐世保商英部(長崎)/11.2-7長岡市体育館(新潟) 《英》《築》 |
5月8日 - 1963年4月1日 |
第1回丸善石油芸術奨励賞(留学賞)により、欧州・中近東を旅行 |
5月22日 - 28日 | 次元会デッサン展 新宿画廊(東京) |
- 7月29日 | 常設展 京都市美術館(京都) |
8月7日 - 12日 | 第4回朱青会日本画展 日本橋白木屋5F画廊(東京) |
11月19日 - 23日 | 第3回新梢会展 銀座平山堂(東京) |
1963年 | 昭和38年40歳 |
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4月 | 京都市立修学院中学校教諭になる。 |
4月 | 帰国歓迎会が開催される。 |
4月27日 - 5月26日 | 現代絵画の動向展 国立近代美術館京都分館(京都) 《英》 |
5月10日 - 30日 | 第7回日本国際美術展 東京都美術館(東京)他巡回 《七つの軌跡》 |
7月5日 - 10日 | 第5回朱青会日本画展 日本橋白木屋5F画廊(東京) 《作品》 |
7月7日 - 13日 | 第4回星座の会展 関西画廊(大阪) |
11月27日 - 12月4日 | (第21回)パンリアル展 京都市美術館(京都) 《七つの軌跡》《27のパターン》 |
12月19日 - 20日 | 昭和38年度歳末同情週間 各界名士寄贈書画工芸作品展 大阪なんば高島屋7階催場(大阪) 《比》(色紙) |
12月23日 - 31日 | 前衛作家が贈るチャリティショー 青銅画廊(祇園石段下)(京都) |
1964年 | 昭和39年41歳 |
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1月31日 - 2月5日 | 第8回毎日選抜美術展 藤井大丸7階文化ホール(京都) |
2月8日 - 11日 | パンリアル春季展 京都府ギャラリー(京都) 《とりたちの壁》 |
2月11日 - 16日 | 第16回京都美術懇話会展 大丸京都店6階催場(京都) 《翔》 |
2月17日 - 23日 | 関西新鋭6人展 北鋭会第3回展 北画廊(大阪) |
2月21日 - 26日 | 第6回個展 日本橋白木屋6階画廊(東京) 《27のパターン》《飛》など |
3月30日 - 4月4日 | 未確認線 研究作品展 河原町蛸薬師 丸善ギヤァラリー(京都) |
3月 | 京都市立修学院中学校を退職 |
4月3日 - 5日 | 第一回京都未生流いけばな造形展 京都書院画廊(京都) |
4月3日 - 16日 | 第3回現代美術京都秀作展 京都市美術館(京都) 《27のパターン》(一部) |
4月4日 - 5月10日 | 現代美術の動向―絵画と彫塑展 国立近代美術館京都分館(京都) 《27のパターン》(一部・飛翔への抵抗) |
5月10日 - 30日 | 第6回現代日本美術展 東京都美術館(東京)/6.5-17 そごう百貨店(大阪)/6.21-7.19 高松市美術館(香川)/8.1-23 八幡市美術工芸館(福岡)/9.16-30 長崎県立短期大学佐世保商英部(長崎) 《鼓舞》《東京オリンピック》 |
6月29日 - 7月4日 | やきもの選 陶板個展 淀画廊(大阪) |
7月9日 - 13日 | 未確認第10回双線美術展 京都府ギャラリー(京都) |
7月18日 - 8月16日 | 京都の日本画―円山応挙から現代まで 国立近代美術館(東京) 《27のパターン》(一部・飛翔への抵抗) |
8月24日 - 30日 | 第7回個展 北画廊(大阪) 《志外美6》など |
8月31日 - 9月6日 | 第8回個展 画廊紅(京都) 近作11点 |
9月18日 - 23日 | 日本美術家連盟展 大丸(東京) 《囀》 |
10月1日 - 11月8日 | オリンピック東京大会芸術展示 近代日本の名作 国立近代美術館(東京) |
10月1日 - 11月29日 | 日本現代絵画展 ワシントン・コーコラン美術館(アメリカ)/1965.2.12-3.21 Des Moines Art Center(デ・モイン・アートセンター)デ・モイン、アイオワ/1965.5-13-6.13 M.H.de Young Memorial Museum(デ・ヤング・メモリアル美術館)サンフランシスコ、カリフォルニア/1965.9-26-10.24 Isaac Delgado Museum of Art(アイザック・デルガード美術館)ニュー・オリンズ、ルイジアナ/1965.12.7-1965.1.16 The Detroit Institute of Arts(デトロイト・インスチチュート・オブ・アート)デトロイト、ミシガン 《鳥たちの壁A》《鳥たちの壁B》《張》 |
10月4日 - 27日 | オリンピック記念 京都の伝統展 京都日本画の200年 京都市美術館(京都) 《池畔》 |
10月23日 - 30日 | (第22回)パンリアル展 京都市美術館(京都) 《里鷙シリーズ 宇》《里鷙シリーズ 層》《宇宙の神経》など |
10月26日 - 31日 | 第6回朱青会日本画展 秀作美術社(東京) |
11月5日 - 11日 | Exhibition of Paintings, Sculptures and Crafts in the Present Japan galerie16 都ホテルMezzanine Lobby(京都) |
11月30日 - 12月6日 | 第1回十人展 画廊紅(京都) |
12月8日 - 13日 | 美術家同士のたすけあい 第16回年末連盟展 東京銀座・松坂屋7階催し場(東京) |
12月14日 - 20日 | 第2回前衛作家によるチャリティーショウ 画廊紅(京都) |
12月19日 - 20日 | 昭和39年度歳末同情週間 各界名士寄贈書画工芸作品即売会 大阪なんば高島屋6階美術部画廊(大阪) |
1965年 | 昭和40年42歳 |
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1月8日 - 17日 | 迎春二人展(八木一夫と) 画廊あの(大阪) |
1月18日 - 24日 | 迎春二人展(八木一夫と) 画廊紅(京都) |
2月9日 - 14日 | 第17回京都美術懇話会展 大丸京都店6階催場(京都) |
3月5日 - 14日 | サンパウロ・ビエンナーレ国際美術館国内展示会 国立近代美術館(東京) |
3月20日 - 5月31日 | 日本のあゆみ 近代100年展 逸翁美術館(大阪) |
4月2日 - 15日 | 第4回現代美術京都秀作展 京都市美術館(京都) 《黒鷲C》 |
4月6日 - 8日 | 日本美術社創立8周年記念 現代大家美術展覧会 東京プリンスホテル3Fホール(東京) |
4月12日 - 18日 | 現代美術チャリテーショー 画廊紅(京都) |
6月5日 - 7日 | 未確認第1回シャルム展 県経済センター5F大ホール(和歌山) |
7月5日 - 10日 | 第1回銅版画個展 淀画廊(大阪) 《風》《魚になった自画像》など |
7月12日 - 18日 | 版画展四ヒキの梟 画廊紅(京都) |
7月30日 - 8月4日 | 第7回朱青会日本画展 銀座松屋7F画廊(東京)/9.7-12 三越7Fギャラリー(仙台) 《作品》 |
9月4日 - 11月28日 | 第8回サンパウロ・ビエンナーレ サンパウロ近代美術館(ブラジル)12月まで |
2月初旬 | 24日間 リオデジャネイロ近代美術館 《FLIGHT》《Silence》 |
9月20日 - 11月30日 | 未確認Exhibition of Japanese Art 都ホテルMezzanine Lobby(京都) |
10月21日 - 26日 | アヅマギャラリー改装記念展 アヅマギャラリー(京都) |
10月21日 - 30日 | (第23回)パンリアル展 京都市美術館(京都) 《鳥のホコラの壁画》《鳥不動》《浮遊A》《浮遊B》《ホコラの2羽》《震晨》《湿地》《記憶のとり》《残像の2羽》 |
10月27日 - 11月1日 | 日本画の精鋭展 西銀座画廊(東京) |
10月28日 - 11月2日 | 日本画の精鋭展 椿近代画廊(東京) |
11月30日 - 12月6日 /12月7日 - 13日 |
第1回十人展 画廊紅(京都) |
12月6日 - 18日 | 第5回パンリアル東京展 銀座壱番館画廊(東京) |
12月14日 - 19日 | 美術家同志のたすけあい 第17回年末連盟展 東京銀座・松坂屋7F催し場(東京) |
12月18日 - 19日 | 40年度寄贈書画工芸作品展 大阪なんば 高島屋美術部画廊(大阪) |
12月2日 - 23日 | 第3回前衛作家によるチャリティーショウ 画廊紅(京都) |
12月23日 - 31日 | 前衛作家が贈るチャリティショー 青銅画廊(京都) |
1966年 | 昭和41年43歳 |
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1月31日 - 2月6日 | 版画展八ピキの梟 画廊紅(京都) |
2月8日 - 13日 | 第18回京都美術懇話会展 大丸京都店6階(京都) |
2月15日 - 20日 | 第10回毎日選抜美術展 大丸(京都) 《鳥不動》 |
3月15日 - 31日 | Exhibition & Sale Japanese Art 都ホテルMezzanine Lobby(京都) |
4月 | 大谷大学短期大学部幼児教育学科助教授に就任。 |
4月2日 - 14日 | 第5回現代美術京都秀作展 京都市美術館(京都) 《鳥不動》 |
4月12日 - 18日 | 現代美術オークション 画廊紅(京都) |
6月27日 - 7月16日 | 第1回針生一郎の選んだ“これが日本画だ”〈25人展〉 日本画廊(東京) |
8月16日 - 9月11日 | 日本の近代絵画展 国立近代美術館京都分館(京都) 《27のパターン》(一部・飛翔への抵抗) |
9月5日 - 17日 | 第9回個展 壱番館画廊(東京) |
10月22日 - 30日 | (第24回)パンリアル展 京都市美術館(京都) 《泰》《麗》《飛動》《呪詛》《鳥壁》《FLIGHT A》《FLIGHT B》 |
10月28日 - 11月3日 | 明治大正昭和京都市美術館収蔵近代絵画名作展 鶴屋(熊本) 《池畔》 |
11月1日 - 6日 | 朝日会館ホール開設記念美術展 日本画展 京都朝日開館ホール(京都) 《震晨》 |
11月21日 - 26日 | 第8回朱青会日本画展 資生堂ギャラリー(東京) 《線の残像》 |
12月19日 - 20日 | 41年度寄贈書画工芸作品展 大阪なんば 高島屋美術部画廊(大阪) |
12月22日 - 25日 | 前衛作家によるチャリティショウ 画廊紅(京都) |
1967年 | 昭和42年44歳 |
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2月7日 - 12日 | 第19回京都美術懇話会展 大丸京都店6階(京都) |
2月27日 - 3月5日 | 版画展八ピキの梟 画廊紅(京都) |
5月31日 - 6月18日 | 京都市美術館平常陳列 京都市美術館(京都) |
6月12日 - 24日 | 第2回針生一郎の選んだ“これが日本画だ” 日本画廊(東京) |
10月22日 - 30日 | (第25回)パンリアル展 京都市美術館(京都) 《呼鳥》《暁鵬》《とり―青と赤》 |
11月6日 - 18日 | 第10回個展 松豊画廊(大阪) |
12月21日 - 24日 | 前衛作家によるチャリティショウ 画廊紅(京都) |
1968年 | 昭和43年45歳 |
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1月10日 - 18日 | 未確認美雲木版画展 丸善4F(京都) |
1月17日 - 28日 | 第9回朱青会日本画展 仙台三越7Fギャラリー(宮城) |
2月6日 - 11日 | 第20回京都美術懇話会展 大丸京都店6階催場(京都) |
3月11日 - 17日 | 版画展八ピキの梟 画廊紅(京都) |
5月10日 - 30日 | 第8回現代日本美術展 東京都美術館(東京)他巡回 《鸞翔》 |
6月17日 - 23日 | ア・コ作品展 画廊紅(京都) |
10月22日 - 30日 | (第26回)パンリアル展 京都市美術館(京都) 《飛翔》《空路》《白いとり(怒)》《緑魚》《鸞翔》エッチング《梟》12点 |
12月16日 - 17日 | 43年度寄贈書画工芸作品展 大阪なんば 高島屋美術画廊(大阪) |
12月23日 - 26日 | 現代作家によるチャリティショー 画廊紅(京都) |
1969年 | 昭和44年46歳 |
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1月12日 - 19日 | たまごミニアチュール展 アヅマギャラリー(京都) |
1月13日 - 18日 | 第2回銅版画個展“梟になった自画像” 淀画廊(大阪) |
2月4日 - 9日 | 第21回京都美術懇話会展 大丸京都店6階催場(京都) 《とり》 |
歌劇「椿姫」の舞台美術担当(関西歌劇団公演 5.13-14大阪厚生年金会館大ホール、5.20京都会館第一ホール、5.23神戸国際会館) | |
7月29日 - 8月30日 | ミクロネシア旅行(ヤップ島、パラオ島、グアム島、トラック諸島) |
9月9日 - 21日 | 開廊記念展 平安画廊(京都) エッチング《音》《怒》《風》《なぎさ》 |
10月21日 - 30日 | (第27回)パンリアル展 京都市美術館(京都) 《ガンガードゥバ》《ガンガーエカ》《ガンガートリ》《虚》 |
10月21日 - 11月2日 | 第3回銅版画個展“ミクロネシアの人々” 平安画廊(京都) 「ミクロネシアの人びと」「梟になった自画像」2つのテーマで約70点 《ホラ貝を吹く》《石貨と女》《グアム島の女》《SYANARI》《OYAOYA》《UTTORI》《HATENA》など |
11月12日 - 13日 | 歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」の舞台美術担当(関西歌劇団公演 大阪厚生年金会館大ホール) |
12月2日 - 14日 | 第1回素版展 平安画廊(京都) |
12月16日 - 25日 | 美術大売出し歳末芸術祭“千円の作品”展 平安画廊(京都) |
12月18日 - 27日 | 〈鳥〉会展 壱番館画廊(東京) |
1970年 | 昭和45年47歳 |
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- 2月8日 | 白黒展 平安画廊(京都) |
2月3日 - 8日 | 第22回京都美術懇話会展 大丸京都店6階(京都) |
- 2月15日 | ヌード版画展 平安画廊(京都) |
4月15日 - 19日 | ギャラリーそら開廊記念展 ギャラリーそら(大阪) |
5月12日 - 17日 | パンリアル春季展 京都府立文化芸術会館(京都) 《俊》《暉》《天》《泥》《呉》《雑》《留》 |
6月1日 - 10日 | 第11回個展 壱番館画廊(京都) 《緋》からはじまる近作絵画18点(ヒサシブリノイチバンカンガロウトウキョウコテンデゴザル)とエッチング《梟》シリーズ20余点 |
6月2日 - 14日 | 第2回素版展 平安画廊(京都) |
7月8日 | 歌劇「地獄変」の舞台美術担当(関西歌劇団公演 大阪フェスティバルホール) |
9月9日 - 20日 | 平安画廊開廊1周年記念展 平安画廊(京都) |
9月28日 - 10月4日 | 下村良之介・富樫実の版画 二至線’70 平安画廊(京都) |
10月27日 - 11月5日 | (第28回)パンリアル展 京都市美術館(京都) 《化石の張翼》《化石の静止》《化石の渉莫》《化石の激翔》《化石の翔音》《化石の凝固》《化石の飛翔》《二層の化石》 |
11月25日 - 12月6日 | 第4回銅版画個展 ヴィーナス画廊(名古屋) |
12月1日 - 6日 | 第3回素版展 平安画廊(京都) |
1971年 | 昭和46年48歳 |
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2月16日 - 21日 | 第23回京都美術懇話会展 大丸京都店6階(京都) |
4月20日 - | 版画常設展 そねざきギャラリー(大阪) |
4月27日 - 5月2日 | パンリアル春季展 京都府立文化芸術会館(京都) 《群鶏図》 |
6月1日 - 13日 | 第4回素版展 平安画廊(京都) |
6月15日 - 20日 | 素版大阪展 そねざきギャラリー(大阪) |
6月22日 - 7月4日 | 第5回銅版画個展“鳥展” 平安画廊(京都) |
7月7日 - 8日 | 狂言「菌」、民話劇「二十二夜待ち」の舞台美術担当(狂言小劇場公演 京都府立文化芸術会館) |
7月19日 | 能面バレエ「静と政子」の舞台美術担当(有馬龍子バレエ団公演 京都府立文化芸術会館) |
9月2日 - 11日 | 第12回個展 壱番館画廊(東京) 《群鶏図》《鴉磯図》と鳥のエッチング16点 |
10月18日 - 27日 | (第29回)パンリアル展 京都市美術館(京都) 《群鶏図》《鴉磯図》 |
11月25日 - 26日 | 歌劇「オテロ」の舞台美術担当(関西歌劇団公演 大阪厚生年金会館大ホール) |
11月30日 - 12月5日 | 第5回素版展 平安画廊(京都) 《群雀》シリーズ出品 |
1972年 | 昭和47年49歳 |
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4月13日 - 18日 | 京都美術懇話会25周年記念展 大丸京都店6階(京都) 《残雪》 |
4月18日 - 23日 | パンリアル春季展 京都府立文化芸術会館(京都) 《翔雲》《群游屏風》 |
5月1日 - 1973年3月13日 | 京都新聞夕刊小説 邦光史郎「飛鳥残影」の挿画担当 |
5月27日 - 6月25日 | 平常陳列 京都市美術館(京都) 《切ル》 |
5月30日 - 6月4日/ 6月20日 - 6月25日 |
第6回素版展 平安画廊(京都) 《HOKUBAKU》など |
5月30日 | バレエ「翔ける」「盛遠」の舞台美術担当(有馬龍子バレエ団公演 京都会館第2ホール) |
6月 | 未確認第6回銅版画個展 鳥取ヨネダ画廊(鳥取) |
7月15日 | 「兵士の物語」の舞台美術担当(室内楽の会演奏会 京都府立文化芸術会館) |
7月27日 - 8月1日 | 広島版画協会 素版広島展 広島県立美術館 |
7月27日 - 8月13日 | 韓国旅行 |
9月5日 - 17日 | 平安画廊開廊記念 第6回銅版画展 平安画廊(京都) “韓国流泊”“飛鳥残影” |
10月18日 - 27日 | (第30回)パンリアル展 京都市美術館(京都) 《水辺屏風》《鳥の園屏風》《群游屏風》《遙翔屏風》 |
11月6日 - 15日 | 第7回銅版画個展“韓国流泊” 本町画廊(大阪) |
12月5日 - 10日 | 第7回素版展 平安画廊(京都) |
12月15日 - 18日 | 香港、マカオ旅行 |
1973年 | 昭和48年50歳 |
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2月1日 - 6日 | 第26回京都美術懇話会展 大丸京都店6F催場(京都) 《湿地》 |
4月17日 - 22日 | パンリアル春季展 京都府立文化芸術会館(京都) 《軍鶏八態》 |
6月12日 - 7月29日 | 戦後日本美術の展開・抽象表現の多様化展 東京国立近代美術館(東京) 《27のパターン》(一部・飛翔への抵抗) |
6月18日 - 23日 | 第13回個展 淀画廊(大阪) 《群鶏絵馬黒・白》など |
6月20日 - 8月20日 | アフリカ、インド旅行 |
8月28日 - 9月2日 | 第1回京都日本画作家展 京都府立文化芸術会館(京都)9.6-11新宿伊勢丹(東京)9.7-12池袋西武(東京) 《とり》 |
9月4日 - 9日 | 第8回素版展 平安画廊(京都) |
10月17日 - 26日 | (第31回)パンリアル展 京都市美術館(京都) 《軍鶏屏風》4点《軍鶏絵馬 黒》《軍鶏絵馬 白》《軍鶏》3点《鷹屏風》エッチング《SIAM I》《SIAM II》《SIAM III》《SIAM IV》 |
11月2日 - 28日 | 昭和期における京都の日本画と洋画 京都市美術館(京都) 《切ル》 |
12月11日 - 16日 | 第9回銅版画個展“印度旅情” 平安画廊(京都) |
12月17日 - 26日 | 第8回銅版画個展“韓国流泊” 有楽町ガレリアグラフィカ(東京) 《韓国流泊》 |
1974年 | 昭和49年51歳 |
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1月31日 - 2月5日 | 第27回京都美術懇話会展 大丸京都店6階催場(京都) 《はげこう》 |
2月9日 | バレエ「屏風」の舞台美術担当。(有馬龍子バレエ団公演 京都府立文化芸術会館) |
4月16日 - 21日 | パンリアル春季展 京都府立文化芸術会館(京都) 《はげこう(二曲一双)》《軍鶏(四曲一双)》 |
5月20日 - 6月7日 | 第14回個展 画廊梅谷(大阪) 《微》《沙》《はげこう(六曲一双)》《軍鶏(四曲二曲一双》《忽》《厘》《鸞翔》《埃》《繊》《塵》などの絵画、《Yurari》《Pyokkori》などのエッチング、やけもの等約200点 |
8月20日 - 25日 | 磁庵似裡作陶展JOHN NEELY POTS ギャラリー・シーホース(京都) 賛助出品 |
9月3日 - 15日 | 第10回銅版画個展“黒い太陽・黒い人” 平安画廊(京都) |
10月16日 - 25日 | (第32回)パンリアル展 京都市美術館(京都) 《流輝》《風遼》《毫》《うずら屏風》《埃》《軍鶏屏風》《はげこう屏風》《散暉》《眺遠》《厘》《絲》《忽》《沙》《微》 |
1975年 | 昭和50年52歳 |
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2月 - 3月9日 | 平常陳列 京都市美術館(京都) 《池畔》 |
2月6日 - 11日 | 第28回京都美術懇話会展 大丸京都店6階催場(京都) 《逍雲》 |
2月10日 - 22日 | 四人展(小野具定、小牧源太郎、杉全直と) 画廊梅谷(大阪) |
4月8日 - 13日 | パンリアル春季展 京都府立文化芸術会館(京都) 《炎陽》《残陽》《烈日》《晨暉》 |
7月30日 - 8月20日 | パプア・ニューギニア旅行 |
9月9日 - 21日 | 第11回銅版画個展“アピヌーン・トルゥー” 平安画廊(京都) 《鳥不動》 |
10月10-11.9日 | 近代100年名画展 兵庫県立近代美術館(兵庫) |
10月14日 - 23日 | (第33回)パンリアル展 京都市美術館(京都) 《太陽と鳥(二曲一双)》《軍鶏屏風I》《軍鶏屏風II》《鶉屏風》エッチング《SIAM DEEVA》《SIAM KUMBHIRA》《SIAM VAJRA》《SIAM MIHIRA》《SIAM ANDIRA》《SIAM ANTARA》《SIAM MADIRA》《SIAM INDRA》《SIAM PAJIRA》《SIAM MAHURA》《SIAM SINDURA》《SIAM CATURA》《SIAM VIKARA》 |
12月2日 - 7日 | やけもの個展“有話器展” ギャラリー紅(京都) 《有話器鳥》など |
1976年 | 昭和51年53歳 |
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1月15日-22日 | 第15回個展 京都朝日会館8F朝日画廊(京都) 《一九七五年大晦日午後十時十二分の自画像》《閉じ込められた魚》《軍鶏屏風》2点《沼辺》《草叢》《鶉屏風》《花と魚》《鳥と魚》《凝固した海流》《太陽と鳥屏風》《暁光》《凝1》《凝2》など |
1.29-2.3 | 第19回毎日選抜美術展 大丸京都店6階催場(京都) エッチング《Homo Humus》など約20点 |
2.5-9 | 第29回京都美術懇話会展 大丸京都店6階催場(京都) 《暁光》 |
3.12-15 | 朝日教室美術展 朝日会館7F文化ホール(京都) |
4.12-24 | 第1回カーベ展 ローズギャラリー(大阪) 絵画、エッチング |
4.20-25 | パンリアル春季展 京都府立文化芸術会館(京都) 《積層》《凝》《洋》《断片》《曇天》《北洋》《花粉》《洪積》 |
5.18-27 | やけもの個展 赤坂銀花コーナー(東京) |
6.1-20 | 京都芸大日本画の流れ展 東京セントラル美術館絵画館(東京)/6.24-29 京都大丸 7階催場・5階画廊〈第2会場〉(京都) 《洪積》 ←《断片》ではなくて? |
9.21-26 | 美術家の作った時計たち アートコアギャラリー(京都) |
9.29-10.8 | (第34回)パンリアル展 京都市美術館(京都) 《星座の断層》《湖底の断層》《雨の断層》《花の断層》《化石の断層》《黄色の断層》《凧の断層》《風化の断層》《白の断層》《漂白の断層》《貝殻の断層》《古代の断層》《夕映の断層》《真昼の断層》《満月の断層》《雨雲の断層》《波の断層》《花粉の断層》《逆光の断層》《湿地の断層》 |
10.8-10 | 開廊記念 京都の作家展 白沙村荘ギャラリー(京都) |
11.24-12.4 | 版画とやけもの個展 ギャラリー芦屋(大阪) |
1977年 | 昭和52年54歳 |
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2月3日 - 8日 | 第30回京都美術懇話会展 大丸京都店7階催場(京都) 《霜朝》 |
2月22日 - 1978年9月5日 | 中外日報小説 邦光史郎「零の時代」の挿絵担当 |
4月12日 - 17日 | パンリアル春季展 京都府立文化芸術会館(京都) 《騒雀屏風》2点《群雀屏風》3点 |
9月27日 - 10月5日 | (第35回 結成30周年)パンリアル展 京都市美術館中央大陳列室(京都) 《禿鸖屏風―起・承・転・結》 |
1978年 | 昭和53年55歳 |
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1月31日 - 2月11日 | アート・コア現代美術‘78シリーズ 扇面美術展 アートコアギャラリー(京都) 《カドミドリ》 |
2月2日 - 7日 | 第31回京都美術懇話会展 大丸京都店7階催場(京都) 《とり》 |
3月7日 - 12日 | 下村良之介やけもの展 画廊紅(京都) 《鬼瓦、笑、泣》など |
3月16日 | 大谷大学2号館玄関ロビー「鳥レリーフ」(京都) |
5月6日 - 13日 | 陶板絵展 銀座和光6Fギャラリー(東京) |
5月16日 - 26日 | パンリアル春季展 ダイコロギャラリー(大阪) 《闘鶏屏風I》《闘鶏屏風II》 |
6月27日 - 8月6日 | 常設展コーナー 京都市美術館(京都) 《鸞羽》 |
9月4日 - 12日 | 第16回個展“下村良之介屏風画展” 銀座和光6Fホール(東京) 《闘鶏屏風 匂》《闘鶏屏風 度》《闘鶏屏風 点》《闘鶏屏風 琢》《闘鶏屏風 策》《闘鶏屏風 礫》《闘鶏屏風 脇》《闘鶏屏風 勒》《闘鶏屏風 掠》《闘鶏屏風 弩》《闘鶏屏風 趯》《禿鸖屏風―起・承・転・結》など屏風15点、エッチング《軍鶏十二神将》 |
9月5日 - 19日 | 名作による京都画壇展 大阪心斎橋そごう8階特設会場(大阪)/9.22-27千葉柏そごう(千葉)/10.12-17広島福屋(広島) 《鳥不動》 |
10月17日 - 25日 | (第36回)パンリアル展 京都市美術館二階北側(京都) 《闘鶏屏風 直》《闘鶏屏風 点》《闘鶏屏風 弩》《闘鶏屏風 匂》《闘鶏屏風 側》《闘鶏屏風 跳》《闘鶏屏風 策》《闘鶏屏風 趯》《闘鶏屏風 勒》《闘鶏屏風 度》《闘鶏屏風 椋》 |
11月2日 | 大谷大学元学長 安藤俊雄氏肖像を制作 |
11月7日 - 19日 | 三人展(三尾公三、吉原英雄と) ギャラリーなかむら(京都) 《群鶏屏風》など |
1979年 | 昭和54年56歳 |
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2月1日 - 6日 | 第32回京都美術懇話会展 大丸京都店7階催場(京都) 《白いとり》 |
3月4日 | 中外日報 カット 酔余開眼 |
3月16日 - 19日 | 創立記念(第1回)富山版画芸術院展 富山県民会館3階美術館(富山) |
4月5日 - 17日 | 第1回日本秀作美術展 日本橋高島屋8階催場(東京)/4.3-8大阪なんば高島屋(大阪)/4.10-22京都四条高島屋(京都) 《闘鶏屏風[磔]》 |
5月19日 - 6月20日 | 伝統と創造―京都画壇100年の名作展 京都市美術館(京都) 《禿鸖屏風―起・承・転・結》 |
6月11日 - 16日 | パンリアル春季展 大阪府民ギャラリー(大阪) 《軍鶏屏風 双》《軍鶏屏風 拉》《軍鶏屏風 並》 |
9月4日 - 16日 | 第12回銅版画個展 開廊10周年記念企画“舞妓はん” 平安画廊(京都) 《当世浮世絵珍具・今様舞妓哀歓百態》 |
9月27日 - 10月7日 | (第37回)パンリアル展 京都市美術館2F北側(京都) 《花かんざし》《袖》《調べ》《松づくし》、エッチング《現代浮世絵珍具 当世舞妓哀歓・百題の内三十点》 |
10月12日 - 17日 | KBSギャラリー京都画壇展 京都近鉄百貨店7階特設会場(京都) 《はげこう》 |
11月24日 | 嵯峨・丹氏邸に「陵王祠」を制作 |
12月4日 - 9日 | 第5回やけもの個展 画廊紅(京都) 《首長鳥》《チチ鳥》 |
12月7日 - 15日/ 1980年1月7日 - 17日 |
第13回銅版画個展“今様舞妓47態” 麻布台ウナックサロン(東京) 《今様舞妓四十七態》 |
12月12日 - 13日 | 朝日新聞歳末助け合い 一流美術家と名士の作品展 大阪なんば高島屋5階美術画廊(大阪) |
1980年 | 昭和55年57歳 |
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1月8日 - 16日 | 京都現代美術・工芸作家展 京都府立文化芸術会館(京都) 《闘鶏》 |
1月24日 - 29日 | 第33回京都美術懇話会展 大丸京都店7階特設会場(京都) 《舞妓》 |
3月1日 - 9日 | 京都画壇20人展 京都朝日会館8階 朝日画廊(京都) 《たこ焼き》 |
3月1日 - 16日 | 第6回やけもの個展 ギャラリー陶千房(京都) |
3月4日 - 29日 | 中外日報「酔餘開眼」の挿絵担当 |
3月20日 - 4月1日 | 第2回日本秀作美術展 日本橋高島屋(東京)/4.3-8 大阪なんば高島屋7階催場(大阪)/4.10-22 京都四条高島屋6階ホール(京都)/4.24-29 横浜高島屋8階催場(神奈川) 《袖》 |
4月8日 - 14日 | 第14回銅版画個展“今様舞妓四十七態” 無垢画廊(広島) |
5月4日 - 13日 | 第15回銅版画個展“今様舞妓四十七態” 豊橋・隆英堂画廊(愛知) |
5月15日 - 20日 | フォルム・フェスティバル フォルム画廊30周年記念展 大丸東京店5F美術画廊(東京) 《はと》 |
6月16日 - 21日 | 和紙による現代作家の試み ギャラリー白(大阪) |
8月14日 - 18日 | 京都市立芸術大学移転統合チャリティ日本画展 京都四条高島屋6階ホール(京都) 《白扇》《口紅》 |
8月22日 - 25日 | 創立1周年記念(第2回)富山版画芸術院展 富山県民会館3階美術館(富山) 《白扇》《口紅》 |
9月26日 - 10月5日 | (第38回)パンリアル展 京都市美術館2F北側(京都) 《青鷺の森 出》《青鷺の森 翼》《青鷺の森 博》など13点 |
10月20日 - 25日 | とりどり展(焼物展) 淀画廊(大阪) |
11月1日 - 20日 | 京都の日本画展 鹿児島市立美術館(鹿児島) 《星座の断層》《闘鶏屏風“椋”》 |
11月30日 - 12月17日 | 新収作品を中心とする所蔵作品展 京都国立近代美術館(京都) |
12月2日 - 7日 | 第7回やけもの個展 画廊紅(京都) |
12月3日 - 10日 | 絵と陶芸展 ギャラリー芦屋(大阪) |
12月9日 - 28日 | おんなシリーズ展 大阪阪急3Fナビオギャラリー(大阪) 《帯》 |
12月25日 | 埼玉県本庄市文化会館に、壁面「大地の声」制作 |
1981年 | 昭和56年58歳 |
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2月19日 - 24日 | 第34回京都美術懇話会展 大丸京都店7階特設会場(京都) 《晨光》 |
5月7日 - 29日 | 第16回銅版画個展“当世浮世絵珍具・今様舞妓悲歓二十一態” サントリー文化財団画廊(大阪) |
5月11日 - 1982年8月28日 | 朝日新聞夕刊小説 宮尾登美子「序の舞」の挿絵担当 |
5月14日 - 19日 | 朝日新聞日曜版連載“おんな“シリーズ展 日本橋高島屋8階催場(東京)/6.18-23 玉川高島屋SC本館1階モール(東京) 《帯》 |
5月25日 - 30日 | 第17回個展 パンリアル会員7名による「七つの個展」大阪府立現代美術センター(大阪) 《闘鶏》6点《坊主屏風》 |
7月1日 - 5日 | パンリアル7人展 福井県立美術館(福井) 《闘鶏》 |
8月28日 - 31日 | 第3回富山版画芸術院展 富山県民会館3F美術館(富山) 《戦士達》《娘》 |
10月6日 - 15日 | (第39回)パンリアル展 京都市美術館2F北側(京都) 《闘鶏屏風 糾》《闘鶏屏風 尖》《闘鶏屏風 翳》《闘鶏図 躍》《闘鶏図 □(⺤の下に勿)》《闘鶏図 扒》《闘鶏図 充》《闘鶏図 逸》《闘鶏図 捻》 |
11月3日 - 12月20日 | 現代日本美術の展望―日本画展 富山県立近代美術館(富山) 《青鷺の森“出”》《闘鶏屏風》 |
12月8日 - 13日 | 第8回やけもの個展 画廊紅(京都) 《豚枕閑》など |
1982年 | 昭和57年59歳 |
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2月4日 - 9日 | 第35回京都美術懇話会展 大丸(京都) 《鳩》 |
3月1日 - 9日 | 第18回個展 朝日画廊(京都) 《一九八二年正月二日の自画像》《坊主屏風》《太夫屏風“わては嶋原の夕霧どす”》《太夫屏風“誰が袖”》《太夫屏風“待ってんのどっせ早うお越しやす”》《太夫屏風“いやどす”》など |
5月21日 - 7月11日 | 近代日本の美術―1945年以後― 東京国立近代美術館(東京) 《27のパターン》(一部・飛翔への抵抗) |
5月27日 - 30日 | 峯10周年記念手づくり展 ギャラリー岡崎(京都) |
6月4日 - 9日 | 明日への展望 日本画の5人(工藤甲人、下保昭、加山又造、平山郁夫と)松屋銀座8Fホール(東京)/6.17-22大阪心斎橋大丸(大阪) 《鳥不動》《翔雲》《太陽と鳥》《星座の断層》《青鷺の森“出”》《青鷺の森“翼”》《闘鶏屏風“糾”》《一九八二年正月二日の自画像》 |
8月25日 - 29日 | 第4回富山版画芸術院展 富山県民会館美術館(富山) 《SIAM MADIRA》《SIAM KUMBHARA》 |
10月15日 - 24日 | (第40回)パンリアル展 京都市美術館2F北側(京都) 《太夫屏風“しまいでありんす”》《太夫屏風“一寸しんどおすね”》《太夫屏風“きつおすえ”》《太夫屏風“誰が袖に香をたきしめて”》《太夫屏風“あのお人えゝ男はんやわ”》《太夫屏風“いやどす”》《太夫屏風“待ってんのどっせ早うお越しやす”》《太夫屏風“わては嶋原の夕霧どすどうぞよろしゅうに”》 |
11月3日 - 28日 | 近代日本の自画像―自己を見つめる81人 京都市美術館(京都) 《一九八二年正月二日の自画像》 |
11月23日 - 12月5日 | 第19回個展“下村鳥之介展” ギャラリーなかむら(京都) |
12月7日 - 12日 | 第9回やけもの個展 画廊紅(京都) 《黒陶梟》など |
1983年 | 昭和58年60歳 |
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2月3日 - 8日 | 第36回京都美術懇話会展 大丸(京都) 《佇む》 |
2月18日 - 20日 | 未確認ギャラリー岡崎(京都) |
3月17日 | 「有馬龍子による実験劇場No.3」の舞台美術担当(京都府立文化芸術会館) |
4月1日 - 10日 | パンリアルわかるであろう7人展 ギャラリー岡崎(京都) 《翼》《還》 |
4月19日 - 6月19日 | 富山を描く―100人100景 富山県立近代美術館(富山) 《青鷺の森“群”》 |
4月19日 - 5月14日 | 第20回個展 大建ギャラリー(大阪) 《遙》《追》《帰》など絵画とやけもの他 |
5月10日 - 15日 | 未確認日本美術家連盟会員によるチャリティ特別作品展 大阪北浜三越(大阪) |
8月24日 - 28日 | 創立5周年富山版画芸術院展 富山県民会館3階美術館(富山) 《飛天》《矢継》 |
9月3日 - 10月2日 | 半世紀のコレクション 京都市美術館開館50周年記念特別展 京都市美術館(京都) 《池畔》《鸞翔》 |
10月11日 - 16日 | 第21回個展 京都府立文化芸術会館1F展示室(京都) 《還暦の自画像》《一九七五年大晦日午後十時十二分の自画像》《一九八二年正月二日の自画像》《鳥たちの神殿》 |
10月1日5 | 著書『題名に困った本』(私家本)出版 |
10月15日 - 23日 | (第41回)パンリアル展 京都市美術館2F北側(京都) 《鳥と太陽》《太陽と鳥》《轢》《環》《陀》 |
11月8日 - 17日 | ギャラリーなかむら開廊5周年記念展 ギャラリーなかむら(京都) |
11.月8日 - 12月11日 | 現代作家10人展―PART II 大建ギャラリー(大阪) |
11月18日 - 21日 | 京都未生流いけばな みやこの華展 銀座松坂屋別館5階カトレヤサロン(東京) |
12月6日 - 20日 | やけもの個展 画廊紅(京都) |
12月16日 - 1984年1月15日 | 美術家の年賀状展 武生市TEAROOM MAY(福井) |
1984年 | 昭和59年61歳 |
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2月2日 - 7日 | 第37回京都美術懇話会 大丸京都店7階特設会場(京都) 《鳥壁》 |
5月 | 養泉寺(福知山市)に衝立『唐獅子図』を描く |
5月20日 - 6月30日 | 第1回大樹展 アトリエ・エンゼラ(京都) |
6月 - | 墨の可能性 バーゼルアートフェア(スイス) |
7月3日 - 29日 | 私等気多五人男の催し ギャラリーオリジノ(京都) |
7月10日 - 15日 | ‘84選抜展 京都市美術館(京都) 《還暦の自画像》 |
8月29日 - 9月2日 | 第6回富山版画芸術院展 富山県民会館美術館(富山) |
9月3日 - 22日 | 第22回個展「鳥たちの神殿 下村良之介」 銀座ギャラリー森(東京) 《還暦の自画像》《鳥たちの神殿》(一部) |
10月2日 - 12日 | (第42回)パンリアル展 京都市美術館2F北側(京都) 《遙翔 A》《遙翔 B》《遙翔 C》《遙翔 D》《遙翔 E》《遙翔 F》《遙翔 G》《遙翔 H》《遙翔 I》《遙翔 J》《遙翔 K》《翔雲》《旋》 |
11月17日 - 12月5日 | 現代美術1950-1970展 西武百貨店八尾店8F八尾西武ホール(大阪) 《月》 |
12月11日 - 19日 | 第23回個展 ギャラリー岡崎(京都) 《遙翔》《三面不動尊》《裸婦》など新作ばかり15点 |
12月18日 - 23日 | やけもの個展 画廊紅(京都) |
1985年 | 昭和60年62歳 |
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2月2日 - | 現代日本画展 ワコール麹町ビル(東京)以降1986年まで海外各地巡回/1985.4.17-6.2 現代日本画展 パピヨン・デ・ザール(パリ)/6.27-9.2エトノグラフィスカ・ミュジーイト(ストックホルム)/10.1-31パラオ・メカ市立美術館(バルセロナ)/11.27-1986.1.26バービカン・アート・ギャラリー(ロンドン)/1986.3.31-6.14コンプトン・ギャラリー(マサチューセッツ店ケンブリッジ)/1986.7.1-9.14マーシャルハウス・アートセンター(ワシントン州バンクーバー)/1997.9.25-11.2ドイザキギャラリー日米文化会館(カリフォルニア州ロサンゼルス展)/1987.1.15-27帰国記念展 青山スパイラルホール(東京)/1987.4.2-5.5欧米巡回日本画特別展 府見本市総合会館(京都) 《遙翔》 |
2月7日 - 12日 | 第38回京都美術懇話会 大丸京都店7階特設会場(京都) 《旋》 |
3月8日 - 19日 | 私のペットCRAFT Z00展 大学堂ギャラリー(大阪) |
6月5日 - 7月10日 | 第2回大樹展 アトリエ・エンゼラ(京都) |
7月4日 - 17日 | 扇面の美展 朝日会館4Fホール(京都) |
7月9日 - 14日 | ‘85選抜展 京都市美術館(京都) |
7月12日 - 17日 | アーティストによる写真展PART II京都書院ホール(京都) 《即興的アナクロリズムポラロイド》 |
8月22日 - 10月20日 | 現代のセルフポートレート 埼玉県立近代美術館(埼玉) 《還暦の自画像》 |
8月22日 - 9月3日 | 京都画壇―美の系譜 栖鳳・松園から現代まで 上野松坂屋本館6階大催事場(東京)/9.26-10.1天満橋松坂屋(大阪) 《誰が袖に香をたきしめて》 |
8月28日 - 9月1日 | 第7回富山版画芸術院展 富山県民会館1F美術館(富山) 《オイラン》《太夫II》 |
9月10日 - 22日 | 中島尚子さんの15年を讃える展 平安画廊(京都) |
9月27日 - 10月6日 | (第43回)パンリアル展 京都市美術館2F北側(京都) 《遙翔 伊》《遙翔 呂》《遙翔 波》《遙翔 爾》《遙翔 保》《遙翔 辺》《遙翔 登》《懐 紙》《打掛け》 |
10月 - 1986年3月 | インド巡回「ザ・メッセージ―日本現代絵画83人展」 -12.1インド国立近代美術館 ニューデリー、ボンベイ、カルカッタ他の美術館 《遙翔》 |
11月1日 - 13日 | 湯田寛とその友人展 ABCギャラリー(大阪) |
思い浮かぶままの湯田寛 組んずほぐれつ、上になり下になりの大乱闘は30分にも及んだろうか、1対1の対決で両方ともくたくたになり、床に尻をつけたまま『お前は強いなァ…』と、お互いに相手を賞讃し合って決着がついてしまった。 原因はなんだったかわからない、体格はそんなに大きい方ではないが、喧嘩には自信があった私は、クラスの中でもずば抜けたノッポで巨大な体格の湯田が相手でも負けるとは思っていなかった。彼も亦そんな気持ちでいたのだろう。 美術工芸学校1年生の絵画科実習室は、正面玄関を入ったすぐ右側の教室だった。その床面を転げ廻ったあげく、精根つき果てた2人は、教室の片側の流し場で並んで口を漱ぎ顔を洗ったところで、どちらからともなく手を差し出して握手を交わしたのであった。 これが、湯田寛と私との友人としての交りのきっかけであった。 総勢60余名、絵画科だけでも30数名の同級生の中で、性格的にも航空母艦のようにゆっくりした彼と、せかせかした駆逐艦のような私と、およそ正反対の典型であるような2人が、このたった1回の喧嘩の直後から無二の親友になってしまった。 お互いに成績は良くなかった。美術学校でありながら、絵の方も2人とも出来が悪かった。 教室で絵を描く時はいつも2人並んで描いた。筍を描かされた時、どうしても竹の皮についた泥がうまく描けないので、私がモデルの筍の泥をこそげ落してそのまま絵の上に塗りつけた、横で見ていた彼もその真似をして、結局は2人とも担当の前田荻邨先生からこっぴどいお目玉を喰らってしまった。 秋になって、枯れた葉のついた檞の小枝を描かされることになった時、2人で大真面目に相談した結果、葉はもともと緑だったものが、紅葉して、その次に枯葉色になったのだから、その順に色を重ねていけばきっといい絵が描けるだろうということになった。他の連中の驚く中を2人そろって緑色を塗り、次に真赤を塗っている最中に先生が見廻って来た。眼を丸くした先生は、叱るどころか、本気になって我々が色盲でないかと心配されたものだ。 悪いこともよくやった。2人そろって中学生の頃から煙草を喫いだしたし、ポケットウイスキーを買っては内証の酒盛りもした。 写生に歩くのもいつも2人づれだった。 上賀茂へ写生にいった時だった。2人共くわえ煙草で歩いていたのだが、角を曲ったとたんに向うから巡査が来たのである。一瞬早く気のついた私は素早く煙草を棄てて足で踏んだが、機会を失った彼は煙草を火のついたままズボンのポケットに入れて、何くわぬ顔で巡査とすれ違った。だが、うかつにもそのまま忘れて歩き続けたのである。 「熱い!」と叫んだ彼の太股から煙が立ちのぼっている。大急ぎで道路端のドブの水をかけて消しとめたものの、ズボンに大きな焼けこげの穴があいた。 家に帰って説明のしようが無いので、2人で加茂川で泳いだあと薪火をしてその火が飛び火したことにしようと、わざわざズボンのアチコチに火をつけて焦穴を沢山作り、穴だらけのズボンで早々に帰路についたのである。 お互い家にもよく出入りした。二年生の時だった下総町の彼の家にいくと何処からともなく美しい音楽が聞こえていたのが、玄関の戸を開けるとピタリと音が消えて中から彼が顔を出した。 驚いたことにその音楽は彼自身が弾くマンドリンの音色であったのだ。「夜明けのガス燈」という気の毒な綽名で、ヌーボーとした雰囲気の彼が、繊細で優美なマンドリンを奏でるなど想像もしていなかった私は、彼の意外な一面を発見して大いに驚嘆した。 早速に私も、その翌日から教則本を買い込み、従妹のマンドリンを巻きあげて練習をし始めたものだ。これは其後2人が震源地になって友人達にも波及し、昭和18年には美術学校の創立記念式典にマンドリン・オーケストラの演奏会を講堂でやるまでになった。その時は私がファーストマンドリンで、彼がセカンドマンドリンのそれぞれトップを弾いたのである。 同じ2年生の頃であったと思う、『一寸絵を見に来てくれ。』という彼の誘いで、やはり下総町の家へいったら、玄関のすぐ横の彼の部屋に、壁一杯の大画面に実物大以上もある真黒の牛を1匹描いていた。デッサン的には多少奇妙なところはあったのだが、なによりもその迫力と実在感、それに足もとから背景一面に描き込まれた落葉の密度にすっかり度肝を抜かれたものであった。 その頃から学校での制作の外に、自宅で大作を描きだした。土台になる仮張りを2人が協力して、当時私の住んでいた高台寺の裏庭で1日がかりで作り上げたのだが、大きすぎて部屋に入れることが出来ず、日が落ちて真暗になった庭先で泣く泣く半分に切ったこともあった。 下総町の彼の家の隣が内藤戌申先生の家で、先生の友人達のヌードクロッキーのメンバーに、どういうわけか2人だけ参加させてもらい。毎夜毎夜クロッキーをやった。終ったあとは歩いて帰る私を、彼は必ず丸太町まで一緒に歩いて送ってくれた。 一泊の学校教練をサボって、2人で徹夜で油絵を描いた。始めは薔薇の花などを前にして描いているのだが、酔う程に無茶苦茶になり、しまいにはお互いの顔を描き合ったりした。 旅行もいつも2人づれだった。毎年2・3回は必ず写生旅行にいった。波切を始めとして、信州や北陸・紀州等々、学校の休みに私が親父と行く旅行にも彼は度々同行した。 昭和18年、私が学徒動員で軍隊に入ることになった。私の父母は1人息子の私が戦死したら、彼を養子にしてもらおうと内内で定めていたようだ。 胸を病んでいた彼を、同病の私の母は自分の病気を全治させた大阪の医師のもとへ以前からせっせと連れていっては治療を受けさせていた。 私が奈良の聠隊に入営してまもなく、動員で満州に行くと定まった時、はるばる面会に駆けつけてくれた彼は、物陰で私をにらみつけて「死ぬなよ、生きて帰ってこいよ!」と強い命令調でいって固く手を握った。 昭和21年3月彼の言葉通り、私は五体満足で復員することが出来た。 帰ってみれば私の大阪の家は戦災で灰になり、父母は裸一貫で京都に逃げていたので、そのまま京都に住むようになり、逆に京都育ちの彼が大阪に住んでいたのである。 戦後の暮しは惨憺たるものであった。その上3年半の軍隊生活から突然一般社会に復帰した私は、しばらくの間何も手につかぬ有様だった。そんな時、軍隊呆けですさんでいる私を案じて、彼は買い出しという名目をつけて山陰旅行に誘ってくれた。広島から中国山脈を横断して出雲から山陰への無目的の2人旅は、急激な環境の変化にとまどう私が、戦後の社会にとけ込む為にこの上無い助けとなったものだった。 昭和23年にパンリアル美術協会を結成、翌年5月に京都藤井大丸で第1回展を開催したのだが、病気で結成展に出品できなかった彼が、同年11月の大阪市美術館での第2回展から参加した。 病気をおしての制作だけに心配していた我々の前に搬入された彼の作品は、ベニヤ板3枚続きにデカデカと描き込まれた巨大な魚だった。豪快で奔放な筆致の強烈なもので、私は嘗て度肝を抜かれた牛の絵を思い浮かべて彼の健在を喜んだ。 毎年春と秋に展覧会を開催し続けるパンリアルの作家は多作である。売れる筈も無い大作をどんどん制作するのだから、家には作品がたまる一方だ。 万国博の前の年ぐらいだったと思うが、遊びに来た彼が実に晴れやかな顔で話しだした。それまでたまった作品のほとんどを万国博の整地の埋立てに棄てたというのである。 数百点の作品を大きなトラックに積み上げて現地まで行った。長年苦労を重ねた作品だ。トラックに同乗していった彼は始めは棄てる時に1点ずつ眺めて棄てようと思ったのだが、トラックの運ちゃんが、そんなしんきくさいことしてられんと、彼は車から降ろされてしまった。 一旦現場からはなれたトラックは荷台の後部を開いたまま猛烈なスピードでバックして埋め立てる崖の寸前で急ブレーキをかけると、荷台の作品は一瞬にして崖の下へ落ちていった。早速万国博の土台になった作品群を偲んで乾盃を交わしたものだ。 彼は本当にいい男だった。心のやさしい、それでいて男らしい男だった。私にとって彼は50年近い永い間の親友であり、兄弟以上の信頼出来る相談相手でもあった。 私はこの原稿を私の書斉で書いている。その照明は8年前、現在の家の新築祝いとして彼が箕面から担いで来てくれた、明度のコントロール装置のついた便利なスタンドである。最近机に向う機会が多くなってきた私は、そのスタンドのスイッチをひねる度毎に、温い彼の友情を実感しているのである。 私が最後に彼の見舞にいったのは、彼が死ぬ丁度1週間前だった。 病床で昏々と眠っていた彼が、私の声にパッチリと眼を開いて、元気づける私の言葉に何度も浅く頷いているうちに「なにもかもわかっている。」とでもいうように、だんだんとやさしい穏和な眼付きになり、最後に小さな声で「ありがとう。」とはっきり云った。 私が湯田寛と交した会話はそれが最後だった。 |
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11月7日 - 11日 | 第3回チャリティー 美術家と著名人の作品展 高島屋京都店6Fホール(京都) |
一流美術家と名士の作品展 色紙《虎》 |
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12月3日 - 8日 | やけもの個展 画廊紅(京都) |
12月18日 - 20日 | タイガースファンのためだけの猛虎展 ギャラリーなかむら(京都) |
1986年 | 昭和61年63歳 |
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1月7日 - 2月9日 | 戦後日本画の断面―模索と葛藤― 山口県立美術館(山口) 《七つの軌跡》 |
1月15日 - 21日 | 未確認愛のチャリティバザール 高島屋・京都新聞(京都) |
1月28日 | 狂言「釣狐」の舞台担当(南座狂言の会・狐今昔、南座) |
1月31日 - 2月9日 | 京洛酔虎展 ギャラリー三条(京都) |
2月8日 - 18日 | ザ・メッセージ―日本現代絵画83人展 横浜そごう美術館(神奈川) |
2月11日 - 16 | やけもの個展 ギャラリー三条(京都) |
2月21日 - 3月11日 | 京都画壇100年の光彩展 松園・栖鳳から現代まで 横浜そごう美術館(神奈川) 《誰が袖に香をたきしめて》 |
2月27日 - 3月4日 | 第39回京都美術懇話会展 大丸(京都) 《太夫》 |
3月15日 - 4月13日 | 現代の日本画展 姫路市立美術館(兵庫) 《闘鶏屏風“糾”》《一九八二年正月二日の自画像》 |
4月25日 - 5月25日 | 京都市美術館名品展 京都が生んだ近代日本美術の巨匠たち 福井県立美術館(福井) 《池畔》 |
4月26日 - 5月18日 | 日本画―戦後の歩みI いわき市立美術館(福島) 《切ル》《鳥不動》 |
6月3日 - 7月31日 | 第3回大樹展 エンゼラ美術館、アトリエエンゼラ(京都) |
8月31日 - 9月3日 | 第8回富山版画芸術院展 富山県民会館美術館(富山) |
9月11日 - 16日 | 朝日カルチャー美術展 朝日会館4Fホール(京都) |
9月11日 - 23日 | 京の四季展 大丸・高島屋(京都)/10.8-13大丸ミュージアム(大阪)/10.16-21日本橋高島屋(東京)/1987.1.9-20横浜高島屋(神奈川)/1987.4.2-14岐阜丸栄スカイル8F(岐阜)/下関大丸/1987.2.27-3.4松山いよてつそごう(愛媛)/1987.5.19-6.9大丸福岡天神(福岡)/1987.9.12-27浜松市美術館(静岡)/10.3-18富山県民会館美術館(富山)/10.22-27帯広市藤丸7Fカルチャーホール(北海道)/11.1-29尼崎市総合文化センター(兵庫)/1988.1.2-18 新潟大和7Fホール(新潟) 《吸付煙管》 |
9月26日 - 10月5日 | (第44回)パンリアル展 京都市美術館(京都) 《月明を翔ける A》《月明を翔ける B》《月明を翔ける C》《月明を翔ける D》《月明を翔ける E》《月明を翔ける F》《月明を翔ける G》《月明を翔ける H》《月明を翔ける I》《穴梟 ウン》《穴梟 フゥン》《穴梟 ツン》《穴梟 モソッ》《穴梟 アレッ》《穴梟 ハット》《穴梟 キョトン》《穴梟 ギョロ》 |
10月14日 - 12月20日 | 現代の陶芸 鳥取県立博物館(鳥取) 《梟》、版画10点 |
10月25日 - 12月7日 | 現代日本美術の動静―絵画PART1 富山県立近代美術館(富山) 《還暦の自画像》《翔遙“保”》《翔遙》 |
11月2日 - 24日 | 京都の近代版画―円山応挙から現代まで― 京都市美術館(京都) |
11月6日 - 10日 | 未確認チャリティー 高島屋(京都) |
12月16日 - 21日 | やけもの個展 画廊紅(京都) 《うさぎ徳利》他 |
12月16日 - 21日 | ミニアチュール展 ギャラリー三条(京都) |
1987年 | 昭和62年64歳 |
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1月2日 - 2月1日 | 現代作家にみる屏風展 大津西武6F西武ホール(滋賀) 《太陽と鳥》 |
1月15日 - 27日 | 帰国記念「現代日本画展」青山スパイラルホール(東京) 《遙翔》 |
2月6日 - 3月4日 | 戦後日本画変革の戦士たち 池袋西武コンテンポラリーアートギャラリー(東京) 《池畔》《張》《七つの航跡》 |
2月26日 - 3月3日 | 第40回京都美術懇話会展 大丸(京都) 《梟》 |
4月2日 - 5月5日 | 欧米巡回日本画特別展 京都府総合見本市会館(京都) |
7月3日 - 9日 | ‘87美術選抜展 京都市美術館(京都) 《月明を翔く》 |
7月4日 - 26日 | 日本画の四人展―大野俶嵩・下村良之介・星野真吾・三上誠 和歌山県立近代美術館(和歌山) 《月》《池畔》《張》《鳥不動》《様》《争》など16点 |
8月20日 - 23日 | 第9回富山版画芸術院展 富山県民会館美術館(富山) |
9月11日 - 16日 | 未確認朝日カルチャー美術展 朝日会館4Fホール(京都) |
9月26日 - 10月4日 | (第45回)パンリアル展 京都市美術館2F北側(京都) 《月明を翔く 亜》《月明を翔く 伊》《月明を翔く 宇》《月明を翔く 衛》《月明を翔く 於》《月明を翔く 加》《月明を翔く 希》《月明を翔く 久》《群翔 A》《群翔 B》《群翔 C》 |
10月27日 - 11月1日 | サヨナラ京都美術懇話会展 京都市美術館(京都) 《月明を翔く“稀”》 |
11月1日 - 24日 | 京都の日本画と工芸―近代の潮流 京都市美術館(京都) 《鸞翔》 |
12月15日 - 20日 | やけもの個展 ギャラリー紅(京都) |
10月15日 - 23日 | ミニアチュール展 ギャラリー三条(京都) |
12月16日 - 30日 | 第24回個展 ギャラリー岡崎(京都) 《嶺留波 伊》《嶺留波 呂》《嶺留波 羽》《月明を翔く》など近作9点 |
1988年 | 昭和63年65歳 |
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1月29日 | 狂言「狸腹鼓」の舞台美術担当(南座狂言の会公演、南座) |
3月4日 - 9日 | 第1回無幻会展 阪急6F美術画廊(大阪) |
6月9日 - 21日 | 第10回日本秀作美術展 日本橋高島屋(東京)/6.23-28大阪高島屋(大阪)/7.2-18仙台市民ギャラリー(宮城)/9.3-26石川県立美術館(石川) 《月明を翔く“稀”》 |
7月12日 - 17日 | 酒器展 画廊紅(京都) |
8月21日 | バレエ「狐の嫁入り」の舞台美術担当(有馬龍子バレエ団公演、京都会館第一ホール) |
9月9日 - 12日 | 第10回富山版画芸術院展 富山県立芸術会館美術館(富山) |
9月25日 - 10月5日 | (第46回)パンリアル展 京都市美術館2F北側(京都) 《月明を翔く 庇》《月明を翔く 弥》《月明を翔く 興》《月明を翔く 那》《月明を翔く 矛》《歩くとり A》《歩くとり B》《歩くとり C》 |
9月27日 - 10月16日 | 第25回個展 ギャラリーなかむら(京都) 《月明を翔く 哉》《月明を翔く 孚》《月明を翔く 興》《月明を翔く 矛》《月明を翔く 那》《月明を翔く 疵》《月明を翔く 葦》《月明を翔く 砥》《月明を翔く 琥》《水辺屏風》 |
10月1日 - 11月6日 | 日本画―戦後の歩みII名作でたどる日本画の軌跡 いわき市立美術館(福島) 《闘鶏屏風“糾”》 |
10月1日 - 12月25日 | 現代京都の美術・工芸展 京都府京都文化博物館(京都) 《遙翔》《月明を翔く》 |
10月15日 | 画集『反骨の画人 下村良之介作品集』(京都書院刊)出版 |
12月6日 - 11日 | やけもの個展 ギャラリー紅(京都) 《シルクロード》《シルクハト》《コブラ》など |
12月13日 - 23日 | ミニアチュール展 ギャラリー三条(京都) |
1989年 | 平成元年66歳 |
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1月27日 - 2月22日 | 第26回個展 下村良之介展 鳥の歌・翔く形象 O美術館(東京)/3.3-15 守口京阪百貨店ギャラリー(大阪) 《祭》から《月明を翔く 哉》にいたる絵画59点、エッチング10点、やけもの4点展示 |
4月14日 - 19日 | 第2回夢幻展 大阪うめだ阪急美術サロン(大阪) |
5月23日 - 28日 | ‘89美術選抜展 京都市美術館(京都) 《月明を翔く 琥》(中村二柄、郡定也氏推薦) |
8月19日 - 22日 | 第11回富山版画芸術院展 富山県民会館美術館(富山) |
8月29日 - 9月10日 | 第17回銅版画個展 平安画廊(京都) |
9月29日 - 10月8日 | (第47回)パンリアル展 京都市美術館2F北側(京都) 《平成元年大相撲秋場所幕内全力士勢揃の図》 |
10月10日 - 11月9日 | 昭和20年代の京都・大阪・神戸 現代美術の創造者たち 鳥取県立博物館(鳥取) 《祭》《夜の曲》 |
10月15日 - 11月11日 | 第18回銅版画個展 武生市アールギャラリー(福井) |
10月17日 - 29日 | 昭和の日本画100選展 日本橋三越(東京)/11.1-6 北浜三越(大阪) 《禿鸖屏風―起・承・転・結》 |
10月25日 - 30日 | 現代作家デッサンシリーズ下村良之介展 銀座松屋7F(東京) 《裸婦》3点《闘鶏》5点《矮鶏》5点《雀》5点《夕霧大夫》5点 |
12月7日 - 17日 | ミニアチュール展 ギャラリー三条(京都) |
12月19日 - 24日 | やけもの個展 ギャラリー紅(京都) |
1990年 | 平成2年67歳 |
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1月9日 - 15日 | 開館20年記念特別展 京都府立文化芸術会館(京都) 《月明を翔く 弥》 |
1月12日 - 17日 | 第27回個展 有楽町阪急8Fコミュニティギャラリー(東京) |
1月13日 - 3月4日 | 近代日本画を俯瞰するI現代日本画巨匠展1971-1989 茨城県立近代美術館(茨城) |
3月1日 - 31日 | 第19回銅版画展 いさお画廊(奈良) 《今様浮世絵珍具・当世舞妓哀歓百態》《飛鳥残影》 |
4月26日 - 5月13日 | 第28回個展 市政40周年記念展―下村良之介展 刈谷市美術館(愛知) 《作業員さん》から《月明を翔く》シリーズにいたる絵画53点、銅版画15点、やけもの11点、自画像3点 |
5月15日 - 20日 | ふくろうの会 朝日カルチャー・下村教室作品展 ギャラリーカト(京都) |
6月1日 - 6日 | 第3回無幻会 大阪阪急美術サロン(大阪) |
7月5日 - 24日 | 一周年記念下村良之介浮気展 PLANET BLUE神戸(兵庫) 版画約50点、陶器約20点 |
7月14日 - 18日 | 辰天会4人展 思文閣ロイヤル画廊(京都) 《ふくろう》5点、やけもの《天馬空を行く》《豆水滴》《ふくろう花生》2点《カップ&プッカ》2点 |
8月27日 - 30日 | 第12回富山版画芸術院展 富山県民会館美術館(富山) |
9月1日 - 26日 | 真昼の昭和1945-1970(所蔵作品展4) 目黒区美術館(東京) |
9月11日 - 10月14日 | 開館5周年記念展 日本画、現在の視覚―その模索と実験 新潟市美術館(新潟) 《里鷲シリーズ 宇》《鳥のほこら》 |
9月28日 - 10月7日 | (第48回)パンリアル展 京都市美術館2F北側(京都) 《三日月》《二羽》《翔く1》《翔く2》《翔く3》《翔く4》《翔く5》《翔く6》《翔く7》《翔く8》《翔く9》 |
10月4日 - 11月4日 | 戦後日本画の精華展 青梅市立美術館(東京) 《7つの軌跡》 |
11月1日 - 29日 | 燃焼の時代1950年代京都の日本画 京都市美術館(京都) 《地面》《過程》《池畔》《切ル》 |
12月13日 - 23日 | 未確認ミニアチュール展 ギャラリー三条(京都) |
12月11日 - 16日 | やけもの展 ギャラリー紅(京都) |
1991年 | 平成3年68歳 |
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1月2日 - 20日 | 現代京都画壇による源氏物語絵展 京都府京都文化博物館(京都)/他 《須磨》 |
2月16日 - 3月24日 | 近代日本画を俯瞰するII戦後日本画の名作展1945-1970 茨城県近代美術館(茨城) 《池畔》《鳥不動》 |
5月14日 - 19日 | 第2回ふくろうの会作品展 ギャラリーカト(京都) |
5月31日 - 6月5日 | 第4回無幻会展 大阪阪急(大阪) |
6月8日 - 7月14日 | 目黒名〈画〉座 熱き時代のパンリアル展 目黒区美術館(東京) 《鳥たちの壁 A》《鳥たちの壁 B》 |
7月21日 - 8月18日 | 辻晉堂・八木一夫・堀内正和―1950年代京都から:新たなる造形への出発展 米子市立美術館(鳥取) 銅版画《風》《怒》《扇鳥》《梟 Uttori》《梟 Syarari》《韓国流泊シリーズ》6点 |
8月17日 - 20日 | 第13回富山版画芸術院展 富山県民会館美術館(富山) 《GYO》《SHARI》 |
9月21日 - 10月20 | 昭和の絵画第3部戦後美術―その再生と展開展 宮城県美術館(宮城) 《鳥のほこら》 |
9月27日 - 10月6日 | (第49回)パンリアル展 京都市美術館2F北側(京都) 《箱入り息子》《森の半月》《黒い月夜》《翔韻》《翔跡》《翔舞》《燦舞》《翔壁》《翔響》《翔紋》 |
10月17日 - 11月7日 | 現代日本画の巨匠たち 三原リージョンプラザ展示ホール |
12月6日 - 20日 | ミニアチュール展 ギャラリー三条(京都) |
12月10日 - 15日 | やけもの展 ギャラリー紅(京都) |
1992年 | 平成4年69歳 |
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2月27日 - 3月10日 | いのち賛歌―日本画100人展 大丸、高島屋(京都) 《半月の杜》 |
3月3日 - 22日 | 動物たちと芸術家展 星野画廊(京都) 《軍鶏》 |
4月7日 - 12日 | パンリアル春季展 京都府立文化芸術会館1F(京都) 《響風》 |
5月1日 - 20日 | 版画5人展 いさを画廊(奈良) |
5月12日 - 17日 | 第3回ふくろうの会 ギャラリーカト(京都) |
6月6日 - 10日 | 第5回無幻会展 阪急6F(大阪) |
7月 | 脳梗塞で倒れる |
9月3日or4日 - 8日 | 美工創立110周年記念寄贈作品展 大丸ミュージアムKYOTO(京都) |
9月19日 - 10月11日 | 未確認高岡市 |
9月18日 - 27日 | (第50回)パンリアル展 京都市美術館2F北側(京都) 《シャドウ・バンドの壁》《飛翔の壁》 |
12月8日 - 13日 | やけもの展 ギャラリー紅(京都) |
1993年 | 平成5年70歳 |
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2月5日 - 3月28日 | 近代日本への招待III―戦後日本画の展開― 山種美術館(京都) 《鳥たちの壁 A》 |
4月18日 - 5月23日 | 戦後日本画の転換期1950年代を中心に 栃木県立美術館(栃木) 《27のパターン》(一部)《鳥たちの壁 A》 |
4月27日 - 5月2日 | パンリアル春季展 京都府立文化芸術会館(京都) 《飛翔の残像》 |
4月27日 - 5月30日 | 近代の美術(所蔵品による) 京都国立近代美術館(京都) |
5月11日 - 16日 | 第4回ふくろうの会 ギャラリーカト(京都) 《満月の杜》 |
6月1日 - 6日 | ‘93美術選抜展 京都市美術館(京都) 《シャドウ・バンドの壁》 |
9月 | 未確認珠玉のコレクション 京都市美術館(京都) |
9月18日 - 10月17日 | 昭和日本画の軌跡1930-50年代展 練馬区立美術館(東京) 《夜の曲》《月》 |
10月5日 - 11日 | (第51回)パンリアル展 京都市美術館(京都) 《飛翔の残像》《飛游》 |
11月30日 - 12月22日 | 下村良之介展 ギャラリーなかむら(京都) 《脳梗塞の自画像》《軍鶏屏風》《群翔A》《群翔B》 |
1994年 | 平成6年71歳 |
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2月11日 - 3月9日 | 日本画の抽象―その日本的特質展 O美術館(東京) 《視》《離》《築》 |
3月28日 - 4月5日 | 戦後美術の分水嶺その1「出口」 洋協アートホール(東京) |
4月9日 - 5月8日 | 関西の美術1950’s-1970’s―創造者たちのメッセージ 兵庫県立近代美術館(兵庫) 《夜の曲》《切ル》 |
4月26日 - 5月1日 | パンリアル春季展 京都府立文化芸術会館(京都) 《鳥達の祭文》 |
5月31日 - 6月12日 | 平安建都1200年記念美術選抜展 京都市美術館(京都) 《翔交》 |
5月10日 - 17日 | 第5回ふくろうの会 ギャラリーカト(京都) |
7月1日 - 5日 | 未確認第14回富山版画芸術院展 富山県民会館美術館(富山) |
7月8日 - 9月25日 | 美術館へ行こうCollections!近代美術100年 和歌山県立近代美術館(和歌山) 《鳥のほこら》 |
8月16日 - 21日 | (第52回)パンリアル展 京都市美術館2F北側(京都) 《群翔》《翔痕》《翔舞》 |
8月18日 - 23日 | 平安建都1200年記念「京の絵本」原画展 大丸ミュージアムKYOTO(京都)/1995.3.7-19三越美術館新宿南7F(東京) 《酒呑童子》 |
9月13日 - 11月6日 | 現代日本画の展開 富山県立近代美術館(富山) 《群翔》 |
9月15日 - 27日 | 京都画壇250年の系譜展 高島屋グランドホール(京都)/10.26-11.6小田急美術館(東京)/12.3-12.29横浜そごう(神奈川) 《青鷺の森 群》《月明を翔く H》 |
11月7日 - 19日 | 下村良之介展 絵画とやけもの ギャラリー森(東京) |
11月28日 - 12月10日 | 酔酔“酒器振” ギャラリー森(東京) |
12月3日 - 8日 | やけもの展 ギャラリー紅(京都) |
12月8日 - 17日 | ミニアチュール展 ギャラリー三条(京都) |
1995年 | 平成7年72歳 |
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4月18日 - 23日 | パンリアル春季展 京都府立文化芸術会館(京都) 《震光》 |
4月19日 - 6月4日 | 戦後文化の軌跡1945-1995 目黒区美術館(東京) 《鳥のほこら》 |
5月9日 - 14日 | 第6回ふくろうの会 ギャラリーカト(京都) 《ふくろう》 |
7月15日 - 19日 | 第15回富山版画芸術院展 富山県民会館美術館(富山) |
9月26日 - 10月8日 | (第53回)パンリアル展 京都市美術館2F北側(京都) 《棒鳥》《暁翔》 |
11月2日 - 12月31日 | 近代日本画の一世紀展 セントルイス美術館(アメリカ) 《鳥不動》 |
12月5日 - 10日 | やけもの展 ギャラリー紅(京都) |
12月8日 - 22日 | 酔酔“酒器展 ギャラリー森(東京) |
1996年 | 平成8年73歳 |
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1月23日 - 30日 | 第8回京都美術文化賞受賞記念展 京都府文化博物館5F展示室(京都) 《比叡山シャモ亭のれん》2点《群翔》《軍鶏屏風》2点《二羽》《震光》《棒鳥》《暁翔》《月明を翔く 砥》 |
4月30日 - 5月5日 | パンリアル春季展 京都府立文化芸術会館(京都) 《晨震》 |
5月7日 - 12日 | 第7回ふくろうの会 ギャラリーカト(京都) 《ふくろう》 |
6月23日 - 30日 | 国際丹南アートフェスティバル‘96特別展 土岡集太郎生誕100年記念100点展 武生市民ホール(福井) 《汀》 |
9月17日 - 25日 | (第54回)パンリアル展 京都市美術館2F北側(京都) 《黒い雨(ひろしま)》《浄土》《流暉》《流視》 |
12月8日 - 29日 | 年末オークション’96展 アールギャラリー(福井県) |
1997年 | 平成9年74歳 |
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1月11日 - 2月11日 | 美術都市・大阪の発見 近代美術と大阪イムズ ATCミュージアム(大阪) 《27のパターン》(一部) |
1月28日 - 2月2日 | 1997両洋の眼・現代の絵画展 日本橋三越(東京)/他 《澄空》 |
4月22日 - 27日 | パンリアル春季展 京都府立文化芸術会館1F(京都) 《逆光》《暁鐘》 |
9月23日 - 10月5日 | (第55回)パンリアル展 京都市美術館2F北側(京都) 《残照》《湖上》《逍遥》《蒼天》《凛然》《赫》《彗光》 |
12月19日 - 25日 | ETO-TEN TORA 守口京阪(大阪) |
1998年 | 平成10年75歳 |
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2月3日 - 8日 | 1998両洋の眼・現代の絵画展 日本橋三越(東京)/他 《湖西夕照》 |
2月20日 - 3月5日 | ミニアチュール展 ギャラリー三条(京都) |
4月14日 - 19日 | パンリアル春季展 京都府立文化芸術会館(京都) 《憩》《赫日》 |
4月28日 - 5月3日 | カンボジア語 絵本原画―作家とその周辺展 ギャラリーヒルゲート(京都) |
5月12日 - 17日 | ふくろうの会 星野画廊(京都) |
5月26日 - 6月21日 | 星野真吾とパンリアル美術協会 豊橋市美術博物館(愛知) |
6月4日 - 16日 | 第20回日本秀作美術展 日本橋高島屋(東京)/他 《澄空》 |
7月11日 - 8月16 | パンリアル創世記展―戦後日本画の革新運動― 西宮市大谷記念美術館(兵庫) 《祭》(1949年作)《朝を呼ぶ鳥》《疎開跡》《祭》(1950年作)《くるみ》《よろこび》《夜の曲》《海》《時計》《朝B》《月》《人々》《切ル》《池畔》《直》《英》《鳥不動》 |
7月15日 - 8月15日 | 日本現代絵画巨匠展 上海美術館/8.29-9.25北京中国美術館(中国) |
9月12日 - 10月25日 | わくわく動物園ふしぎないきものたち 刈谷市美術館(愛知) 《月明を翔く 稀》 |
11月14日 - 12月13日 | 特別展 戦後日本画の歩み 鳥取県立博物館(鳥取) 《池畔》 |
12月30日 | 逝去 |
1999年 | 平成11年 |
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1月17日 | 告別式 |
4月27日 - 5月2日 | パンリアル春季展 京都府立文化芸術会館(京都) 《棒鳥》《一九七五年大晦日午後十時十二分の自画像》《一九八二年正月二日の自画像》《還暦の自画像》《軍鶏屏風》《わては嶋原の夕霧どす》《満月の杜》《月明を翔く 孚》《ガンガー・トリ》《鳥のホコラ》《晨光》《翔游》 |
9月21日 - 10月3日 | (第57回)パンリアル展 下村良之介追悼展 京都市美術館(京都) |
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